自他 壱 ページ32
「うわー、お嬢ちゃんもついてきてくれないかね」
やぶ医者が肩を震わせながら頼むものだから、何だと思えば。
連れてこられたのは、北門の屯所前である。
幾人もの宦官がなにかを取り囲み、そのまわりを同心円状に女官たちが集まっている。
「冬場でよかったですね」
筵に隠れるは、青白い顔をした女。髪がはりつき、唇が青黒くなっている。
水死体のわりにきれいな姿をしているが、やはり見ていて気持ちのいいものでなかろう。寒い季節で本当によかった。
検死をすべきやぶ医者だが、乙女のようにAの背中に隠れている。
まったくもって、やぶ医者である。
今朝、外の堀に浮かんでいたらしい。
恰好からどう見ても後宮内の女官である。
外で処理することはままならず、こうしてやぶ医者が呼ばれたのであるが。
「嬢ちゃんかわりに、見てくれないかい？」
どじょうひげを震わせて、上目使いで見てくるがそんなの知ったことではない。
ひとをなんだと思っているのだろう。
「だめです。死体にはさわるなといわれているので」
「それは意外なだな」
これまた、失礼なことをいうのは、聞きなれた天上の声だった。
いうまでもなく、周りの女官が嬌声を上げる。やぶ医者も顔を赤らめる。作られすぎて、舞台劇でも見ているようだ。
「見慣れているように見えるが？」
「花街育ちですから。若い女が物陰で死んでいることはよくありました」
きれいな花街も一歩裏に入れば、無法地帯である。
若い娘が無残な姿で見つかることも少なくない。
一見、妓女は籠に囲われ自由がないように思えるが、周りの危険から保護されているともいえる。
「なぜ死体に触れられない？忌みを嫌ってか？」
「昔養父に言われたんですよ。
『人間も薬の材料になる』、そう知ったら死体でもなんでも集めたがるだろうから、その一線は越えるな、と」
引いた顔で見てくる壬氏。
「...そ、そうだな。お前は触れるな。触れないでくれ。
「うう...わかりました...」
やぶはやはり気の進まぬ様子で水死体を見る。
恐る恐るかぶせた筵をめくり上げる。
女は固い木靴を履いており、脱げた片足には包帯が巻かれていた。指先は真っ赤で、爪がむごたらしく傷んでいる。
衣から尚食のものだとわかる。
「後で見解を聞こう」
「え、ええ、わかりました」
(冷たかっただろうな)
Aは、やぶ医者が検死を終えると、筵を丁寧にかぶせてやった。
今更やっても意味のないことであるが。
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泉(プロフ) - りこまるさん» 応援ありがとうございます。更新速度はこの先落ちるかと思いますが、温かく見守ってくださるとうれしいです (1月24日 21時) (
レス) id: 81a3c5614f (このIDを非表示/違反報告)
りこまる - 更新速度神ですね✨応援してます！ (1月24日 17時) (レス) id: 9a77c9521c (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：泉 | 作成日時：2024年1月22日 7時
