弍 ページ43
「でも、宮の外の女官に貸すのは駄目だと思う」
「そうね、大切なものだし、なくされたら困るし」
せっかくみんなで回し読めって言われたのになあ、と桜花が残念そうに言う。
「でしたら、書き写したものを渡せばよろしいのでは？」
Aはそう提案する。
「書き写すって、これを全部？」
「挿絵までは無理でも、皆さん字がお綺麗ですし、難はないかと」
「写しを渡すだけなら原本は手元に残るもんね」
貴園が納得したように言う。
おそらく、壬氏さまや主上の意向に沿うならこれが正解だ。
書物が後宮に出回れば、文字を学ぼうとする人も増えるだろう。
それが流行りの大衆小説であればなおさら。
壬氏さまのお付きをしていた時、聞かれたことがあった。
"後宮女官の識字率を上げるにはどうすればいいと思う？"
そのやり方がこれ、というわけだ。
(なかなかに回りくどい方法ね)
そう思ったが、これが案外功を奏したようで。
「これが、名前ね」
「へー...私の名前って結構難しかったんだね」
地面に木の枝で書いた"小蘭"の字に、小蘭が目を丸くする。
先刻、噂話とお菓子が何より大好物な小蘭に「字を教えて」と頼まれた。
いつも小説を読み聞かせてくれる女官が喉を潰してしまったらしい。
気のいい女官は「字を覚えて自分で読むように」と写しを用意してくれたそうだ。
「写しがあるなら私が読んでもいいよ」
そう言ってみたのだが、
「だめ！せっかく時間をかけて写してくれたのに、私がずるをしちゃいけないよ」
その真剣な表情にじーんとして、小蘭の頭をわしわししたのがさっきのこと。
「それで、書いた方が練習になるけれど、とりあえず読みだけにする？」
「せっかくだから書けるようになりたい。
後宮出た後、自分で仕事探さなくちゃいけないし、奉公期間、もう一年切ってるんだ」
後宮においてすら字が書ける・書けないの差は大きい。
年季が明けた後も、字が書ければ仕事の幅が広がる、というわけだ。
「よし、じゃあ詰め込み気味で行こうか」
「うん！で、これは？」
小蘭が地面にAが書いた字を指さして尋ねる。
「冬虫夏草」
「これは？」
「曼荼羅華」
「...」
「これは葛根」
「これって日常的な言葉？」
「......」
ふむ、さすがに習いたての子にこれはまずかったか。
「＿＿まずは挨拶からね」
「うん、そうして」
文字習得の道のりはまだ長い。
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泉(プロフ) - めうさん» ありがとうございます。のんびり更新になりますが、楽しんでいただけると幸いです。 (3月27日 20時) (
レス) id: 9196073726 (このIDを非表示/違反報告)
めう(プロフ) - とっても面白くて一気見してしまいました！続き楽しみにしてます！ (3月22日 21時) (レス) id: 3ab55db304 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：泉 | 作成日時：2024年2月16日 18時
