見送り 壱 ページ32
「＿＿＿＿あれか」
肌寒い風が吹く中、壬氏は上を見上げてそうつぶやく。
先程、いつものように執務室で高順と話していたら、扉をたたいて入ってきたのは困った顔の宦官。
話を聞き高順を置いて一人で来たのだが、確かに塀の上に一人の女の後ろ姿が見える。
夜の闇に溶けそうな女の黒髪が風になびき、やわらかな衣からのぞく肌は白く嫋やかで。
立てば芍薬、とはよく言ったものだが、その美しい花さえも霞んでしまうような華やかな立ち振る舞いに、壬氏は息をのむ。
ふと、女が衣についた鈴をちりんと鳴らした。
遠く離れているはずなのに、そのささやかな音は夜の澄んだ空気の静けさを破り、はっきりと壬氏の耳に届いた。
胸がどくんと鳴って、
＿＿＿女が舞を始めた。
それはさながら胡蝶が舞うような、百花繚乱が笑うようなあでやかさで、その一方で星の瞬きや水の揺らめきのような、しなやかな高貴さと儚さも持ち合わせていた。
淡い満月の光をまとい舞い続ける天女の瞼が、うっすらと開かれて。
＿＿＿＿見えるはずもないのに、ほのかな紫色の光がきらめいて。
桃源郷にでも迷い込んだのかと、そう思えてしまうほどの美しさに、壬氏はよろよろと塀の方へ歩いて行く。
ちょうど、蜜につられる虫のように。
溶かされるような意識の中、かろうじて塀を上り、甘露の蜜に引き寄せられるように近づいて、
＿＿＿そうして壬氏が女の背後に立ち、視界に影を落とした瞬間、女がびくりと振り向いた。
大きな紫水晶の瞳が驚いたように見開かれて、次の瞬間、
「あっ」
「危ない！」
壬氏は我に返って、陽炎のようにゆらり傾いた女の身体を間一髪で抱きとめる。
二人の長い髪が、無常に冷たい風に誘われる。
壬氏の額を冷汗が一筋伝った。
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泉(プロフ) - めうさん» ありがとうございます。のんびり更新になりますが、楽しんでいただけると幸いです。 (3月27日 20時) (
レス) id: 9196073726 (このIDを非表示/違反報告)
めう(プロフ) - とっても面白くて一気見してしまいました！続き楽しみにしてます！ (3月22日 21時) (レス) id: 3ab55db304 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：泉 | 作成日時：2024年2月16日 18時
