肆 ページ30
「あの、私水晶宮に戻らなくても?」
「何言ってるの、そんなにやつれて。翡翠宮の方には事情をお伝えしてあるから」
心配そうに尋ねたAに、水連は言う。
「それより、戻る前に精をつけてもらわないとね。
さっ、召し上がれ!」
「ありがとうございます、水連さま...」
目の前にどんと置かれる大量の料理。
食べきれるかな、とAは苦笑いする。
「___てっきり、羅漢どののことを恨んでいるのかと思った。
その...母親を身ごもらせたことで」
食事を始めるなり、壬氏はAにそう話しかけてくる。
Aはかぶりを振った。
「恨んではいません。うまく当ててくれたおかげでここにいますので」
当て...と、壬氏が若干気まずそうにしているが、気にしないことにする。
「それに、妓女の同意がなければ基本的に子は孕みません」
「そうなのか?」
「ええ。妓女は常に避妊薬や堕胎薬を飲んでいますから。
産むということは妓女にその意思があったということです、
むしろ謀られたのはあの男の方ではないですか」
「あの軍師どのが謀られた....」
壬氏は信じられなさそうな顔をした。
「ええ、女とは狡猾な生き物です」
Aは羹に浮く油をぼんやり眺めながらそう言う。
女は、身ごもることで男を手に入れようとした。
狙いは当たった、だが折り悪く男は都を離れてしまう。
女は我を忘れた。
自分を傷つけるほどに。
...そして、自分と、産んだ赤子の切り落とした指を男に送った。
あの夢は、その時に見た光景だ。
「壬氏さま、あの男に執務室以外で話しかけられたことは?」
「...ん?そういえば、ないな」
Aは頷いてまた口を開く。
「人の顔が見分けられないんですよ、あの男は」
「そんなことがあるのか?」
壬氏が目を見開く。
「目鼻立ちの違いを認識できず、...というより目鼻立ちを認識できず、皆同じ顔に見えるそうです。
なぜか私と養父...そして私を産んだ女だけはわかるようなんですけどね」
だから執着する。
やり手に殴られながら、懲りずに緑青館に通い続けた。
血まみれの顔でへらへら笑いながら手を伸ばしてきた男は、父だと言い続けていた。
でも、
(私の父はとうさん__羅門だわ、とうさんを押しのけてあの男が父になるというのはあり得ない)
そういうことである。
322人がお気に入り
感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
泉(プロフ) - めうさん» ありがとうございます。のんびり更新になりますが、楽しんでいただけると幸いです。 (3月27日 20時) (レス) id: 9196073726 (このIDを非表示/違反報告)
めう(プロフ) - とっても面白くて一気見してしまいました!続き楽しみにしてます! (3月22日 21時) (レス) id: 3ab55db304 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:泉 | 作成日時:2024年2月16日 18時