肆 ページ10
「首元までしっかり濃いおしろいを塗って、目の下に隈を、眉も不揃いになるようにひいて、
これでよし」
ずーんとした顔の小太りの男性が出来上がる。
「これは、ぱっと見で壬氏さまとは思えないですね」
「でしょう、化粧で人は変われるんですよ」
良い意味でも、悪い意味でも。
「あと、手の甲と爪の間も汚しておきましょう、手を見れば労働者かどうかわかるので」
Aは壬氏の手を取る。
(指や手のひらにたこがある。剣術でもやっているのかな、宦官の割に筋肉質なのもそれなのか)
ちらりと自分の手を見る。
さきほど水につけたAの手の黒おしろいは落ち、元の白い肌が出てきている。
小姐から白魚とほめそやされたそれであるが、右手の小指だけは見る人が見れば多少歪んでいるようでもある。
「これでいいでしょう、あとはこちら、辛いですが喉が腫れて声が変わります。
外でお話になるかわかりませんが、念のため」
赤い液体を手渡す。壬氏が顔を顰める。
「ねぇA、」
水蓮だ。
「疲れたでしょう？今日はもうやすんでいいわよ」
「え？でもまだ昼前ですよ」
「いやいや、たまには休息も必要です」
高順ものってくる。
「え？」
「そうだ、一泊くらい泊まりで実家に帰ったら？」
「あの」
「いいですね、外廷勤めになってから帰っていないでしょう？」
「ちょうど壬氏さまの行く先と同じ方向ですし」
二人が揃ってにこりと笑う。
「い、いや、あの、せっかく壬氏さまが変装しても私がそばにいたら」
「おや、だったらAも変装すればいいのでは」
「あらあら、こんなところに私の娘が着ていた服が」
Aのほおが引き攣る。完全に外堀を埋められた。
「わ、わかりました...」
「...あら」
化粧を落とし終わったAを見て、水蓮が目を丸くした。
そのままAの顔を隅々まで見る。
「なるほど」
Aが顔に穴が開くんじゃないかと思い始めた時、水蓮は一人納得したようにうんうんと頷くと、ようやく目を離した。
と、袖元から紅をとりだす。
それをAの顔につけていく。額、眦、唇、頰。
その様子を伺っていた壬氏と高順の顔が、恐ろしいものを見る人のそれに変わっていく。
壬氏に至ってはまた頰を染める始末である。
いつもそのかんばせで女も男も虜にしているくせに、慣れていないのだろうかとAは冷めた目でちらりと見た。
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作者名：泉 | 作成日時：2024年2月2日 10時
