参 ページ9
Aは水の入ったたらいにドロリとしたものを混ぜる。
「う、何を混ぜている？」
「油です。平民は毎日湯浴みするものではありません。なので、手櫛で艶がなくなるまで梳きます」
これはAがよく使う方法だ。
さらりとした壬氏の髪に触れ、梳いていく。
(艶がなくなったら適当に束ねて、)
「あのーA...一応持ってきましたが、これでいいのですか？」
「見せてください」
「官吏付きの下男のものですが」
「ああ、これくらいの古着なら十分です」
もっと臭くてもいいくらいですがと付け足すと水蓮の顔が強張る。
「では、壬氏さま、脱いでください」
壬氏の顔が固まって、それからみるみる赤く染まる。
「い、いやでもここは」
「まさかその香付きの服で街に出るおつもりですか」
「う...わかった」
別人になるなら、完璧に。
そうやって生きてきたAはこの手の話には厳しい。
「で、これを着ればいいのか？」
Aは壬氏の方を見る。
引き締まって、均整のとれた身体が、そこにはあった。
(へえ、宦官の割に筋肉質だな)
頰を染めることもなくそんなことを思う。
「な、なんだ」
「いえ、別に。着る前にこれを」
水蓮に大量に頼んでおいた手拭いを差し出す。
「手拭い？」
「ええ、これで体型を変えるんです。壬氏さまが女性でしたら私が使っていたさらしをお貸ししたのですが」
なぜか壬氏が顔を赤くして慌てる。
「そ、それは」
「では、これを腰に巻き付けます」
そのあとで着物を着れば、
「おお！」
「体型が変わると印象が変わりますね」
高順がふむふむと頷く。
「あとは化粧ですね」
Aは壬氏の顔を近くでまじまじと見る。
近くで見ても無駄に綺麗な肌だなあと思う。
自分の肌をこんなにじっくりと見る機会はほとんどないが、化粧をしてくれた小姐ちゃんはこんな気持ちだったのだろうかと思う。
「私がいつもしているのを薄めた感じでいいですか」
「ああ、頼む」
「Aが、いつも？」
水蓮が不思議そうな顔になる。
そうだ、この人にはまだ言っていなかったな。
水蓮はAが妓楼から買われた身ということは知っているが、素顔を見たことはない。
まあ別に言う分には大丈夫だろうと思い、Aは口を開く。
「ええ、私もかなりの厚化粧ですので」
あら、そうなの、とそれ以上何も聞かない水蓮。
非常によくできた侍女である、化粧を落とせと強要してきたどこかの誰かとは大違いだ。
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作者名：泉 | 作成日時：2024年2月2日 10時
