弍 ページ8
「よいしょっ」
Aは壬氏の私室へと、化粧道具をたっぷり持って向かっていた。
「失礼します」
中に入ると、湯浴みを済ませたばかりなのだろうか、高順と水蓮に髪を拭いてもらっている貴人の姿。
思わずこめかみがぴくりと動く。
「おはようございます。本日もお美しゅうございまして」
「なんだ、嫌味か？」
壬氏が怪訝な顔でこちらを見る。
「壬氏さまは、これから別人になるつもりはあるのですか？」
「もちろん、そう頼んだろ？」
「では失礼します」
がしっと壬氏の衣を掴み、顔を近づける。
壬氏が顔を赤くしているが、気にしない。
「く、薬屋...？」
「やっぱり、上等な香の香りがします」
何もわかっていない壬氏に腹が立つ。
「扉を開けてすぐわかりました、この服はせいぜい下級役人のものですよね？
庶民がこんな高級な香を炊いているとお思いですか」
呆気に取られる壬氏。
「妓楼に来る客の格付け方法をご存知ですか」
「い、いや。体形や服か？」
「それもありますが、匂いです」
「匂い？」
「甘い匂いの太った客は金がある、いろんな香が混じった匂いの客は妓楼を渡り歩いていて性病持ちの可能性がある。
家畜臭い客は不衛生、などなど、婆ちゃ...いや、妓楼の主に教え込まれました。
実際、私がつけられていた客も、甘い匂いか上品な一級品か、どちらかです。
妓楼の人間は鼻が利くんです」
壬氏が複雑な顔をする。
「ともかく、別人になりたければ、下地から変えること。いいですね？」
「た、頼んだ...」
毎日変装紛いの化粧をするAの言葉は重い。
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作者名：泉 | 作成日時：2024年2月2日 10時
