変装 壱 ページ7
「お前、化粧には詳しいか？」
突然の壬氏からの言葉に、Aは目をぱちくりさせる。
「はあ、まあ、一通りは」
一応、元妓女ですから、と心の中で付け加える。
「だったら一つ頼みたいんだが___」
嫌な予感がする。
「俺に化粧をしてくれないか」
は？
口には出さなかったが、顔に出ていたらしい、壬氏が怪訝な顔をする。
「何を想像している」
「いえ、別に」
(壬氏さまに化粧...)
数秒の後。
「国を滅ぼす気ですか？」
「なんでそうなる！」
と言うか、お前は人のこと言えないだろう、と半眼になる壬氏。
なるほど、確かに人のことは言えないとAも納得する。
あのまま妓女をやっていたらそれこそ、名の知れた高官たちが妓楼に通い詰め、散財し、国が回らなくなっていたかもわからない。
というか実際、そうなりかけていた。
李白紹介のあの宴会に参加した武官の中には、仕事に手がつかなくなった者が数名いると言う。
申し訳ないとは思うが、Aにもどうしようもない。
南無、とだけ唱えておく。
「化粧、というより、変装したいんだ。お前のそれは、どうやっているんだ？」
「ああ、これですか。
これは、黒いおしろいをはたいているのと、唇の色を消しているのと、粘土を乾かして油にといたものを点々でつけたり、色々ですね」
他にもまだまだあるが、きりがないのでやめておく。
「それはすぐ作れるか？」
「はい、いまあるのはこれだけですが」
Aは懐から小さな円形の容器を取りだし、開けてみせる。
中にはそばかすと眉毛用、二色の粘度の高い液体が入っている。
「あとこちらも」
少し大きめの容器には、黒おしろいが入っている。これは全身に使うので、大容量だ。
「部屋に戻ればまだ色々ありますが。
最低限持ち歩いているのはこれだけですね、かさばるので。
でも、どれも一晩あれば作れますよ」
「ふーん...」
壬氏は興味深そうに覗き込む。
「使われるのは壬氏さまですよね？」
「ああ、顔を変えられる薬でもあればいいんだが」
「顔を変える薬もないわけではありませんが、元に戻らなくなります」
「だよな」
壬氏が肩をすくめる。
「つまり別人に見えるようにすればよろしいのですね？」
「ああ！街を歩いても誰も気に留めないような、俺を全く違う人間にしてくれ！」
(一体何をするおつもりなんだか)
Aはため息をついた。
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作者名：泉 | 作成日時：2024年2月2日 10時
