肆 ページ46
ふと、Aのもっていた手紙の端が破れる。
(確かにもろい、でも市井に出回ってる紙のように不純物は混じってない。
厚みも均一で丁寧に漉かれているわ)
それなのにすぐちぎれてしまう。糊のせいだろうか。
「工程自体は変えていないのですよね？」
「そうだよ、きれいな水を汲みおいて、小麦を溶かして。それがうちのこだわ」
はっと口を抑えるやぶ。
「嬢ちゃん...今のはうちの秘密...」
はわわ、と慌てている。
「紙作りで競合する気はないのでご心配なく」
Aは丁寧にそう返した。
「＿＿＿なんだい嬢ちゃん、急に葛湯を入れようって」
「ちょっと思いついたことがあるんです」
できました、とAはやぶの前に一つ湯呑みを置く。
「ああ、ありがとう」
やぶはそれを飲もうとして、うまく飲めず悪戦苦闘する。
「...嬢ちゃん、これ葛を溶かしすぎだよ。どろどろで飲みづらい」
「そうですか、では私の真似をしてください。多分飲みやすくなりますよ」
Aは匙を口に含み、それを葛湯に入れてかき回した。
「うう、行儀悪いなあ」
「まあまあ、何度かやってみてください」
こんなことAだってやりたくはない。でもこれしか再現方法が思いつかないのだ。
やぶはAがやったように匙を口に含み、取り出して湯呑みの中の液体を混ぜた。
「...これを繰り返すのかい？」
「ええ、何回も」
やぶは嫌々言われたとおりにしていたが。
「...あれ？
とろみがなくなってきた？」
匙からぽたぽたと垂れる葛湯を見て声を上げた。
「そうでしょう。
...ところで葛と糊って似てますよね」
「たしかにそうだよねえ、糊もよだれを混ぜたらとろみがなくなるのかね」
「そういうことなんじゃないですか？」
しばしの沈黙。
「えっ、何の話？」
Aは呆れてため息をついた。
「さっき実家で牛を買ったって言いましたよね」
「？うん」
「水は汲み置きだとも」
「うん」
「牛って、口の中に唾液をためてますよね。
牛がどこで水を飲んでいるか、確かめた方がいいんじゃないですか？」
さすがにここまで言うと気づいたようで、やぶは慌てて立ち上がると筆を探し始めた。
「あっ...ああっ、手紙！早く教えないと！」
(...まあいいわ、掃除も終わったしこれで翡翠宮に戻って休める)
Aはひとつ礼をすると医局を出ることにした。
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作者名：泉 | 作成日時：2024年2月2日 10時
