紙 壱 ページ43
「失礼します」
「おや嬢ちゃん、久しぶりだねぇ。
今は外廷勤めじゃないのかい」
Aは医局に来ている。
人のよいやぶは昔と何も変わらず暇つぶしに薬をごりごりとすり潰していた。
「ちょっとの間ですが戻ってまいりまして」
「そうかい、じゃあお茶でも淹れようか。お茶請けもあるよ...
...何してるんだい？」
鼻と口を覆うように手巾をまきはじめたAを見て、やぶは怪訝な顔をする。
「お茶は後！まずは、医局の掃除をしましょう！」
Aは気合を入れようとそばに置いてある本をばん、とたたいた。
とたんにほこりが舞い、Aのみならずやぶまでもがせき込む。
これは一筋縄ではいかないわ、とAはため息をついた。
「来るなりなんなんだい、全く...」
「昔から気になってはいたんですよ、古い薬とかそのままじゃないですか？
乾物は腐敗したら終わりです、定期的に確認しないと。
いざというとき薬が役に立たなきゃ意味がないでしょう」
「でもねえ、こんなのわざわざ自分でやらなくても人に頼めば」
やぶは後に続く言葉を飲み込んだ。
こちらをじっと見つめるAの視線に気が付いたからである。
Aの紫色の眼は、珍しい色であるからこそじっと見つめていると不思議な感じがしてくる。
醜い化粧をしていないときは他の
化粧をしているときは他の部分が目立たない分、だんだん眼球だけが浮き上がってくるような感覚になってぞっとする。
今回は後者である。
瞬きもせずこちらを突き刺すように見てくる視線。
やぶは涙目になりぷるぷると震えた。
(あ、ついいつもの癖で)
Aは目線をそらすと目をつむり、落ち着いた声でなだめるように言った。
「もし薬が入れ替えられでもしたらどうするんです。
あるいは何らかの目的で抜き取られでもしたら。
責を負うのはどなたです？」
「...やるよお...」
やぶはしゅんとして作業を始めた。
(に、しても。
いい紙使ってるわね)
巷に出回っている紙は粗悪品が多く、高いわりに使えない。
それに比べたら、この紙なら粉もこぼれず湿気も防いでくれそうだ。
Aは薬包紙の整理をしながらそんなことを考えた。
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作者名：泉 | 作成日時：2024年2月2日 10時
