金蓮花 壱 ページ38
(この一見は長丁場になるな)
壬氏は長椅子に腰掛けながら、集めてきた書物を広げながら考える。
(翠苓という女には謎が多い)
医局に出入りしていたのは医官の師が後見人であったから、らしいが。
その師も、彼女の才を見出して養女に迎えたのはほんの数年前。
それ以前のことは知らないという＿＿＿＿
棺を納品した業者についても、妙なことにその日依頼は受けていないという。
おそらく、薬屋の言う通り、名をかたった別人たちだったのだろう。
「失礼します」
扉をたたく音がして、高順が入ってくる。
手には、二つの湯飲みが乗った一枚のお盆。
「Aを部屋まで送っていきました」
「すまんな」
「いえ」
高順は、壬氏が先ほどまで読んでいた書物を見る。
「やはりこの一件、ふせておかれるのですか」
「ああ、あの医官を責めても何も出ないだろうし、しばらくはひそかに探ることにしよう。
どこまで根を張っているかわからん」
事件は宮中だけでなく、市井の職人にまで及んでいる。とすれば、一体どれほどの人間がこの件にかかわっているのか。
「わかりました」
高順は頷くと、手に持っていたお盆を差し出した。
途端に壬氏は顔をしかめる。
「もうそれを飲む時間か」
「ええ、明日は後宮です」
高順は「では私から」と言うと、湯呑みの中の液体を飲み干した。
あからさまに表情を変えはしないものの、微妙な顔になる。
「...問題ありません」
「つまりいつもと同じ微妙な味か」
「はい」
壬氏はそれを聞くと、一つため息をついて湯呑みを手に取った。
鼻をつまみ、一気に喉奥に流し込む。
「ささ、白湯を」
甲斐甲斐しいばあやはすぐに新しい湯呑みを持ってくる。
「鼻をつまんで飲むのは人前ではされませんよう」
「わかってるよ」
水蓮に持ってきてもらった白湯で口直しをしながら答える。
「あなたは二十五歳の宦官＿＿＿ということになっているのですから」
「分かってる。もう六年になるんだ、壬氏として生きるようになって」
指の腹で唇をぬぐいながら、そう言った。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 169人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：泉 | 作成日時：2024年2月2日 10時
