弍 ページ35
数刻後。
(ここが安置所なのね)
Aはコツコツと音を立てて案内された部屋に入る。
いつもなら音を立てず綺麗に歩くのであるが、足を怪我しているのでそうもいかない。
下手に体重をかけてしまうと傷口が開く可能性が大きい。
「じ、壬氏さまも入られるのですか？」
高順の慌てた声が外から聞こえた。
忌みの強い場所だ、主には入らせたくないのであろう。
だが壬氏は「薬屋が入るんだ、私も行く」と安置所に足を踏み入れた。
高順はあきらめたように「わかりました」と答えると、主に続いた。
しばらくして、
「私が翠苓の検死をした者ですが、何の御用でしょう」
戸惑いを隠せない様子で男が入ってきた。
Aはその男を見てあ、と思わず声を漏らした。
男の方も同様にAを指さして目を丸くしている。
「この間薬を取りに来た...」
「ええ、あなたが検死を？」
「...ああ、まさか彼女が罪人で、自死するなんて」
医官はつらそうな表情で言う。
(そういえば)
この医官は翠苓と親しく、彼女を気に入っていたようだった。
薬草畑で翠苓に会った時、こんなことを言われた。
"近寄らないほうがいいわよ、医官も知ってる場所だけど"
もしその医官が彼のことなら。
「あの、翠苓が飲んだ毒、曼荼羅華が使われていませんでしたか」
とたんに医官の表情が驚愕へと変わる。
非常に表情が読み取りやすい。
「なぜそれを！」
「そうなのか？」
壬氏が医官に尋ねる。
「おそらくは。しかし数種の毒が混ぜられていたため、特定はできません」
医官は答える。
「厩の近くに畑がありますよね。あそこに曼荼羅華を植えていたのではありませんか。
いえ...あるいは、今の季節は生えていないかもしれませんが、医局にはあったのではないでしょうか。
それを彼女に頼まれて融通したことは？」
Aは何もかも見透かすような紫の眼で医官をじっと見つめる。
医官はいたたまれなくなったようにうつむいて口元を抑えた。
(嘘が下手な人だわ)
おそらく図星なのだろう。
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作者名：泉 | 作成日時：2024年2月2日 10時
