弍 ページ4
「家人には話をつけてあるが、表向きは私が話を聞くことになっている。お前はお付きという形だ」
馬閃が言う。
「ええ、わかりました」
Aは答えた。
毒海藻の事件後、馬閃のAへの態度が軟化した。
顔を見て話してくれるようにもなった。
目が合うと少し気まずいのかそらされてしまうが、それでも大きな進歩だとAは思う。
と、表から気の弱そうな顔の男が現れた。
「馬閃さまですか？」
「ああ、そうだ」
「お話は伺っています。父の遺言の件ですね。兄たちも揃っています、作業場にご案内します」
「兄さんたち、お連れしたよ」
気の弱そうな男は、件の彫金細工師の弟子三人のうちの末っ子らしい。
兄と呼ばれた二人の男は無精髭をはやし、弟と違い気が強そうだ。
Aは男たちに連れられ、一礼して馬閃に続き作業場に入る。
真ん中に箪笥が置いてある。明らかに不便だ。
「この作業場、変わってますね、部屋の真ん中に箪笥とは」
馬閃が頷く。
「これを端に寄せればもっと広く使えそうなものだが」
「ああ、あんまり触れないでくれ。床に固定されてて動かねえんだ、それに相続したのは俺なんだ」
三兄弟のうち、真ん中の男が止める。
「箪笥はあなたが？」
「ああ、兄貴はこの作業小屋そのものを、俺は箪笥を、
弟は___」
「僕は、これを」
差し出されたのは金魚鉢である。
「薄い玻璃製とは、珍しいですね」
「え、ええ…」
三男が微妙な顔で頷く。
確かに父からの遺産がこれだけとは、たしかに微妙なものかもしれない。
「お前はいいよな、売れば金になるもので。俺なんか作業部屋は別にあるってのに、今更小屋もらっても」
「俺だってここから動かせないんだぞ！」
二人の兄が言い争いを始める。
「兄さんたち！」止めたのは末の男である。
「親父はきっと三人仲良くって言いたかったんだと思うよ」
その手のひらには、やけど跡。
と、そこに三人の母らしき老婆がやってきた。
「これこれ、三人とも。お客様の前で恥ずかしい、これだからお父様も最期まで心配していたんだよ。
ああ、お客様方もどうぞ」
茶が机に置かれていく。
三人の兄弟はため息をつき、席に次々とつく。
その動きがあまりにも迷いのないものだったのでAは不思議に思った。
「茶会をする際、席はみなさん決まっていたのですか？」
「ああ、もう何年もやっていないのに癖ってのは抜けないな」
Aはふむ、と考え込む。
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作者名：泉 | 作成日時：2024年2月2日 10時
