肆 ページ23
「さわらないでくれる？」
翠苓は無表情でそう言う。
「まだ何も採ってません」
「それはこれから盗ろうとしてたということかしら」
無言で肯定の意を表すA。
翠苓は目線を薬草の方に移すと、「別にいいけど」と言って草をむしり始めた。
「あまりここに近寄らないほうがいいわよ。
医官も知ってる場所だけど、私が勝手に植えさせてもらってるだけだから」
...勝手に？
「任されているのではなく？」
「別に、好きでやってるだけ」
「何を植えているのですか」
そう聞くと、翠苓は一息おいて、言った。
「蘇りの薬」
と。
Aの紫色の目が見開かれた。
「それって」
「冗談よ。
それより、あなた薬師だって聞いたけど、どれだけの腕前なのかしら。
ここに朝顔を植えるつもりなの。もう少し先の話だけど。
ところで、あなた」
Aは身構える。今度は何を言われるのだろうか。
「帰らなくていいの？途中なんじゃないの、おつかい」
(...あ)
そうだ。そうだった。
Aは慌てて「失礼します」と礼をすると、あわてて主のもとへともどるのだった。
「あらあら、薬をもらいに行くだけでずいぶんかかったのね、A」
水蓮の微笑みが黒い。
Aは冷汗をかきながら「すみません」と謝る。
「しかも手は汚れているわ、雑草は持っているわ...」
「草は自室に持って帰りますので。壬氏さまのお部屋を汚すようなことは決して」
その言葉に水蓮は頬に手を当てた。
「...Aは、気にしていないように見えて、線引きはちゃんとつける方よね」
「はあ、それはもちろん。
私は卑しい生まれの娘です。
たまたまのご縁でここにいるだけですから」
「そう。でもねえ、生まれが違うからと言って、最初から別のものだとは思わないでほしいわ」
先ほどとは打って変わって優しい顔でばあやは言ってくれる。
「人生、何がどう転ぶかわからないものだもの。それだけで分けるのはもったいないわ。
まあ、それとおさぼりは別の話だけどね」
今日は廊下の隅々までしっかりお願いね、と言いながら水の入ったたらいと雑巾を渡す水蓮。
やはり、ばあやは手ごわい。
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作者名：泉 | 作成日時：2024年2月2日 10時
