参 ページ19
「今度、おまえに会いたいという官がいるのだが」
夕食時。
壬氏は、伝えないわけにもいかず、正直にそばに控えているAに言った。
今までは寝るまで化粧を取らなかったAだが、外廷に来てから、暗くなってからは化粧を落とすようになった。
周りの人間、つまり壬氏、高順、水蓮はもう素顔を知っているし、なにより”ずっと厚化粧をしていたら肌が荒れる”と小姐に怒られたためである。
“皆の前ではそばかすまでちゃんと入れておけ”とうるさい上司も、夜だけならすっぴんでも良いと許してくれた。
それでもすっぴんではなかなか目を合わせようとしないので、Aとしては避けられているようでやりづらい。
まあ、別に仲良く話したいわけでもないので実際のところあまり気にしていないのだが。
「どんなかたですか」
今のAは、化粧していない分表情がわかりやすい。
それだけで絵になるほど美しい無表情、その奥になにか隠していているような気もするが、いつもどおり冷静な口調で言った。
「ああ、羅漢という……」
壬氏が最後まで言葉を紡ぐ間もなく、Aの表情が変わった。
いままで、地虫のように、干からびた蚯蚓のように、汚泥のように、塵芥のように、蛞蝓のように、潰れた蛙のように、とりあえずいろんな侮蔑の目で見られてきた。
隠しているようで隠せていない、あの目。
顔を引きつらせて、こわばらせて。
だが、そんなもの生ぬるいものであったと気が付いた。
これを向けられたら誰も生きていけないだろう、というような。
元が美しいからこそ、心に突き刺さるものがある。
煮えたぎる鉄に流し込まれ、灰も残らないような。
そんな表情をAは作っていた。
「……どうにか断っておく」
「ありがとうございます」
壬氏は、放心状態のまま、それだけしか言えなかった。
夕食も、味がしなくなった。
Aは一つため息をつくと、もとの無愛想な、それでいて天女のように美しい顔に戻るのだった。
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作者名：泉 | 作成日時：2024年2月2日 10時
