弐 ページ18
「御用達とはいえ、彫金細工師にまで気をまわされるとは」
「いやなに、本来は管轄外ですがね。なんせ人不足なものでして」
変人軍師が片眼鏡を取って手巾でふく。
壬氏はその手を黙ってみていた。
「何と言ったか、浩然どのでしたかな？
礼部の長である彼の急逝に、後任も食中毒で倒れるし。
祭祀の日も近いというのに、礼部が頼りになりません。
そのとばっちりが軍部にも来ているのですよ。困ったものです」
壬氏は筆をおき、険しい顔で口を開いた。
「そういえば、こちらにも続報がありましてね」
変人軍師の目を見据えながら。
「妓女の価値を下げるために相当あくどい手を使われたようですね」
高値がついて手が出せないなら、その価値を下げてしまえばいい。
だから、この男はそうしたんだ。
「あくどい、ですか。それはあなたにはいわれたくありませんなあ」
果汁水の入った玻璃の盃を揺らしながら男は言う。
「もう少しで私が手に入れるはずだったものを、横からかっさらっていった鳶には」
「...なんのことです」
「もう少しだった。あの娘が妓女になったら、金で買えるようになる」
壬氏は怪訝な顔で目の前の男を見る。
この男に、自分があの娘を買った時に払ったような大金を用意できるものかと。
そこで、はっとなる。
妓女の価値を下げる方法。
この男がその話をしたのは、そういうことなのだろうか。
脳裏にあの娘の言葉が蘇る。
「まだ、体を売ってはいない」と。
「...返せとおっしゃるのですか」
「ただでとは申しません」
「嫌だと言ったら？」
「そうなったらお手上げですなあ。なんせこの国には、あなたさまに逆らえるものなど、片手の数ほどもいないのですから」
男は立ち上がる。
「これ、彼女にあげてください。果汁水ですが、飲みやすいので気にいるでしょう。そのうち会いに行くとお伝えください」
では、とだけ言うと、変人軍師は出て行った。
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作者名：泉 | 作成日時：2024年2月2日 10時
