傾国のひとりごと肆 (ページ15)

今日:78 hit、昨日:76 hit、合計:47,345 hit

　　　弐ページ15

「お疲れ」

Aは振り向く。

「...梅梅小姐」

梅梅はにこりと笑い、Aのそばに寄ってきた。
「眠ってる？」

「ええ。...薬を飲ませたら、帰るつもり」

静かにそう答えると、梅梅は微妙な顔をした。

「あー...まだもうちょい待ったほうがいいかな」
「どうして？」
「コレ(・・)。店に来てるから」
「えぇ...」

右目の近くで、親指と人差し指の輪っかを作る梅梅。
それが何を指すのかわかったAは、明らかに嫌そうな顔をする。

「ほら、A、そんな顔しない。せっかく綺麗な顔なのに、台無し」
「...だって、あまりにも懲りないんだもの」
「危なかったね、あの美人な宦官の元に雇われなかったら今ごろアレの相手しないといけなくなってたかもよ」

それにしても、あの宦官はとんでもない大金を落としていってくれたわね、と梅梅は笑う。

「さすがの婆も目がくらんじゃうわ、銀二千万よ、二千万」

「...貴人のやることは本当にわからないわ」

それなりの高官の給金ですら、年に千程度なのである。
それを二万倍とは、まったくあの宦官はどれほどの高い位についているのだろうか。

しかも使った先がただの雇用契約とは。正気の沙汰ではない。控えめに言っても狂っている。

「まあ、請い請われて身請けされる妓女なんて、そうそういないものね」

梅梅がぽつりと言った。

「そういえば、婆さん、近いうちに私ら三妓女の中から誰か売り出す気らしいよ」
「え？」
「私もそろそろ引退する年だしね。高値で売れる時に売っときたいんじゃない？
婆も極楽行きの船賃稼ぐのに必死だわ___」

梅梅はそこで一度言葉を切った。
寝ていた病人の口から微かに何かが聞こえてくる。

「あら、大姐、起きた？さ、お薬飲みましょ。
...ふふ、その歌、好きね。いつも歌ってる」

Aも聞き覚えがあった。
忘れていただけで、忘れようとしていただけで、頭に黴のようにこびりついて離れない歌だった。