漆 ページ13
「ここみたいですね」
「ああ」
Aと壬氏は大きな店の前に立っていた。
「まだ待ち合わせには早いんだが...」
(待ち合わせ...ははーん、そういうことね？)
「では私はこれで」
「なんだ、もう行くのか？」
「ああ、今夜はお楽しみくださいませ」
(
戸惑っている壬氏を置いて、Aは踵を返す。
(近くにきたし、緑青館に顔出して行こうかな)
この顔のまま家への脇道を歩くのは危ないし、化粧道具でも借りられるかしらと考えながら、Aは歩いた。
「あれ？A？おかえり！」
「珍しいわね、Aがそんなに化粧薄いなんて」
化粧、とは言わずもがな醜女に化ける方のものである。
「ただいま、梅梅小姐、白鈴小姐」
Aは小姐の名を呼ぶ。
「どうしたの、今日は？急に帰ってきて」
「ちょっと休みもらえたの」
「そうなのね。ああ、婆が戻ってくる前にどこか部屋に隠れるかした方がいいわ。
きっと見つかったらまた看板させられるわよ」
「え？でも、客には私が身請けされたって広まっているはずでしょ」
「あはは、実はねえ、Aすぐいなくなっちゃったから、本当に天女だったんじゃないかって噂を信じている客も多いのよ」
迎えにきた御仁も綺麗だったからね、天から迎えにきたんじゃないかって、と笑う白鈴小姐。
ああ、李白に聞いたやつかと頷く。
途中から馬車に乗って宮廷に向かったので、行く先を見届けた者がいないことが原因だろうか。わからない。
「だから、Aが帰ってくるたびにしれっと看板をさせて、この店は天女がたびたび降りてくるんだって噂を広めようって、婆は踏んでるわけ」
Aはげっそりした。
「まあまあ、この話は置いといて。
今日はどうする？その、会ってく？前に帰ってきた時も会ってないし」
…誰のことかは言わない。でも、言葉の濁し方で、あの人だとわかる。
「___ええ、気が向いたら顔出すわ」
Aは答えた。
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作者名：泉 | 作成日時：2024年2月2日 10時
