陸 ページ12
「それにしても、外廷を出てから随分口数も少ないな」
「そうですか？」
「ああ」
「まあ、別に話すこともないでしょう」
そう言うと、目の前の宦官は拗ねた顔をする。
いつものことでしょう、と心の中でため息をつくA。
「...ここは花街に近いでしょう。発声方法や話し方を多少変えているとはいえ、執着心の強い客だと、声で私だと気づかれるんですよ」
「....」
壬氏がじっとりとした目つきになる。
はて、何か変なことを言ったろうか。
また無言の時間が過ぎる。
耐えかねたのか、壬氏がまた口を開いた。
「なあ薬屋、宮廷での暮らしも悪くないだろう？花街での暮らしよりずっといいはずだ」
「ええ。でもたぶん、思ってらっしゃるより花街での生活は安全ですよ、店に守られていれば。
もちろん、脇道はがらくたになった者たちでいっぱいですが」
物乞いでまみれた惨状を思い出して言う。
「...そうか。ではなぜお前はそんな化粧をしていたんだ、連れ込まれないためと言っていたが、守られるなら心配なくないか」
壬氏が問う。
「私は店に縛られるより表で薬草を摘みたかったので」
「もし店にいたら拐かされて後宮に行くこともなく、今よりも豊かな暮らしができていたとか、考えることはないのか」
Aは怪訝な顔で壬氏を見る。
壬氏は俯いていて、顔はよく見えない。
「別に私は、豊かな暮らしを望んでいるわけではありません」
妓女になりたかったわけでも、と付け足す。
「妓女になったら、確かに安全ですし、稼げます。でも、その金を薬に注ぎ込むことはできないんですよ、妓楼での毒事件が全て私のせいになりますから」
小姐たちはAを可愛がってくれているが、他の妓女、特に他の店の者だとAに多少の悪意を持つ者はいる。
女の嫉妬というのは、醜いものだ。
実際にAを目の前にすると何もいえないくせに、なにか良い種があるとたちまち尾鰭に背鰭に胸鰭までつけて噂を流し出す。
「なんというか、お前らしいな」
壬氏が呆れたような、安心したような顔で笑った。
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作者名：泉 | 作成日時：2024年2月2日 10時
