伍 ページ11
さすがにそのまま行くわけにはいかないので、水蓮の悪戯は落としてしまってから、いつもの醜女化粧を薄くやり直す。
それでも十分整った顔だ。
そのまま借りた服を着る。さらしはつけていないので、流石に男性__とはいえないかもしれないが、とにかく女性でない者には一時退出していただき(というか水蓮が追い払い)、胸元の閉まったいつもの服を脱ぐ。
あらまあと水蓮が声を上げた。
「着痩せする方なのね」
「...よく言われます」
最後に髪を結い上げて貰えば、いつものAをかなり気合を入れて綺麗にしたような姿があらわれる。
「よし、これでいいわ」
なぜか水蓮がとても満足そうである。
Aは「ありがとうございます」とだけ言うと、出発の準備を始めた。
＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿
「壬氏さま、姿勢が良すぎます」
「なぜ私のようなものにそのような口調なのですか、お嬢様」
Aは口をへの字にしてから、後ろをちらりと見て、ため息をついた。
「行くわよ壬華、きょろきょろしない！」
壬華。
壬氏が偽名として呼ぶように言ったものである。
(華、なんて文字使うとは)
いっそ女装させてやれば、と妃になった壬氏の姿を想像する。
顔は申し分ないだろうが、子供を産まないので妃としての役割は務まらない。だめか。
壬氏が向かう先は花街の少し手前の方にある店らしい。
Aたちが歩いているのは人通りの多いところなので、多少化けているものの十二分に美人なAは人目を引く。
(これ、壬氏さま私と来ない方が良かったんじゃ)
そうも思うが、汚らしい格好の壬氏と、小綺麗な格好のAで、お嬢様と召使いという構図が出来上がっているので別にいいのかもしれない。
「あ、」
「どうされました、お嬢様」
「いえ...すみません、串焼きを二本いただけますか」
「はいよっ」
頭に手拭いを巻いた店員は、明らか良い身なりの美人がありふれた市井の露店で買い物をするのが珍しいのか、まじまじとAを見つめてから、串焼きを渡した。
「冷めないうちに。口に合うかわからないけれど」
Aは壬氏に串を差し出した。
脇道に逸れて並んで座り、串焼きを食べる。
「うん、美味い！」
「無理はなさらなくても」
「いや、野営で食べたのより塩が効いていて美味い」
(野営？)
戦があったとして、宦官が駆り出されることなんてあるのだろうか。
よくわからない、とAはまた串焼きをほおばった。
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作者名：泉 | 作成日時：2024年2月2日 10時
