弍 ページ2
「本当か？」
「……」
まだ、起きてまもない宦官は、少し着崩した格好のまま朝餉を楽しんでいる。
簡単に束ねただけの乱れた髪は、無駄な色気を醸し出している。
Aは、この部屋に自分の他、高順と初老の女官しか入らない理由がよくわかる。
女ならばのぼせるものが殺到し、男なら性別の垣根など無視して押し倒していることだろう。
(なんか繁殖期の虫みたいだ)
妓楼での自分の様子を棚に上げて、Aは思った。
虫の雌には、雄を引き寄せるために不思議な匂いを発するものがいる。
それに誘われて、一匹の雌に対し、数十、数百の雄が群がることがある。
Aも、薬の材料となる虫を集めるため、その性質を利用して捕まえたことがあった。
「おまえがよければ、新しい部屋を用意させよう」
よくわからないがもっといい部屋を用意してくれるのであろうか、と首を捻ると、高順と目が合った。
常にお疲れ気味の苦労人は、何かしらAに言いたいことがあるようで、圧がすごいのだが、わからない。
「それでは、井戸の近い厩など」
返答を間違えたようだ。高順が頭を抱える。
「...厩」
「ええ」
「厩は却下だ」
Aは少し不満そうに口を尖らせたが、仕方ないと思い直し、今の部屋で我慢することにした。
「あなたが来てくれて助かるわ」
水蓮は朗らかに笑いながらAに言った。
「何度かは新しい子を入れたんだけど、続かないのよね。その点、Aなら大丈夫そうね」
高順がAのことをそう呼んでいるため、この気のいい女官も同じように呼んでいる。
口は良く回るが、熟練の女官の動く手は止まらない。
銀製の食器は瞬く間に磨き抜かれていき、次は床掃除だ。
Aが止めに入ると、
「それじゃあ次のお仕事には間に合わないわよ」
とのことだ。以前下女や女官がやらかしてから、部屋の掃除はすべて水蓮がやっているという。
窃盗かな？と思う。
だが、水蓮曰く、ときに物が増えることもあったという。
「さすがに見たこともない下着が入っていたら嫌よね」
しかも、それは糸ではなく人毛で縫われていたそうだ、
斜め上の答えに、Aは鳥肌を立てた。
妓楼では、常に婆が目を光らせていたためそのようなことはなかった。珍しく婆に感謝する。
Aはせっせと窓の桟を拭きながら、もういっそ、私のようにお面でも被って生きていけばいいのに、と思うのだった。
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作者名：泉 | 作成日時：2024年2月2日 10時
