傾国のひとりごと参 (ページ10)

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妓女　壱ページ10

Aが帰ってきた日、花街は大騒ぎだった。

その静かな流し目だけで国を傾けると言われた女が、妓女になるということで戻って来たのだから。

緑青館のやり手婆はすぐにでもAを飾り立てて仕事に入ってもらおうとしたし、他の店は他の店で客が全員取られると嘆きつつ、道中を歩く傾国の美貌を前にして何も言えなくなった。

花街の客に関しては、Aの姿を見るだけで卒倒する者、鼻血を出す者、魂が抜かれる者と散々だった。
しかたない、傾国とはそういうものだ。

化粧をせずとも天女を黙らせる顔には厚い化粧は似合わない。最高級の食材を濃い味付けで台無しにするようなものである。

肌は元々雪のように白いのでおしろいさえせず、眦と唇に少し紅をさして花鈿をあしらう。
それだけで、良いものを見慣れている小姐たちでさえうっとりとしたため息を漏らし、ほおを染めるのだった。

Aは婆による妓女教育のおかげで詩歌も、二胡も、文句のつけどころがなかった。

ことに舞に関しては元々の才能もあるのだろうか、猫のようにしなやかで目が離せない動きに衣の柔らかさが加わり、まさにその場に花が咲いたような、天女が舞い降りたような、そんな姿は一目で男女問わず人の子皆を虜にするのだった。

あの婆ですら、見とれたほどである。

仕事はやはりと言おうか、楽なものだった。
初日こそお披露目と称してたくさんの宝石、金銀で飾られたまま舞ったりしたが、それからはただ、窓から外を眺めるのみである。

それだけで客が蟻のように緑青館にぞろぞろと入っていくのだから不思議なものだ。

婆のやり口は、「価値を高めたい妓女ほど、面会の回数は少なく」。
それで、希少価値が上がる。

お披露目の際のAの舞に夢中になり、農民が数年間必死に働いてようやく稼げるような量の銀を積んできた男がいた。

彼は半時(一時間)だけ、Aと茶を飲むことが認められたが、いざ目の前にするとAが口を開く前に気を失った。

その顔は言わずもがな幸せそうであった。

次の男は、前の男の二倍の金額を出した。彼は一時(二時間)の面会を許された。

初めは緊張でどもる男とAが碁をさしながら茶を飲むだけであったが、次第に男の鼻息が荒くなり始めた。

男はAに触れるか触れないかのところでやり手婆に捕まって引き摺り出された。

まだ決められた時間の半分も過ぎていなかった。彼の持ち物には催淫剤が入っていたようで、以後男は出禁になった。