傾国のひとりごと参 (ページ5)

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阿多妃　参ページ5

ふと、どうしようもない憶測がAの頭に浮かんでしまった。

なぜ、あんなに堂々としていられるのかと。

『息子がこの手からいなくなってから』

昨日の阿多妃の言葉がよみがえる。

(いなくなってから？死んでから、ではなく？)

とらえかたによっては、まだ生きているととることができる。

阿多妃が子を産めなくなった理由は、皇太后の出産と重なったことだった。
皇弟と妃の子は叔父甥の関係でありながら、双子のように似ていたのではなかろうか。

(もし取り換えられたとしたら)

出産の際、阿多妃は身に染みて理解したことだろう。ふたりの赤子、どちらが今後大切に育てられていくのかを。

庇護がより大きいとしたら、それは皇太后のもとであろうと。

産後の肥立ちが悪い阿多妃に、なにが正しいのか判断などできなかったのかもしれない。

　

後日、それがばれたのであれば。

本物の皇弟が死んだあとであれば。

おやじどのが追放だけでなく、肉刑まで受けたことにも納得がいく。赤子の入れ替わりに気付かなかった挙句、先帝の＿＿当時の皇帝の、本当の子を死なせたのだから。

皇弟が狭い立場にあることも。

潔い阿多妃が後宮にとどまり続けた理由も。

(...実にくだらないわ)

Aはかぶりを振った。

ばかばかしいくらいの妄想である。翡翠宮の三人娘さえここまで飛躍して考えないだろう。

(これ以上見ても仕方ないわね)

Aが翡翠宮に戻ろうとすると、前方から慌ただしく近づいてくる者がいた。

幼い愛らしい顔立ちをした娘、里樹妃である。

Aに気付いた様子もなく、正門へと走っていく。
後ろには、あの毒見の侍女が息を切らしながらついていた。

その後ろには走る様子もなく、面倒くさそうにしている残りの侍女たちがいる。

(あいかわらずね。一名をのぞき)

Aが何かしてやれるわけでもない。身内のことなど、自分で始末できなければこの女の園で生きていけるわけがないのだ。

ただ、少なくとも今はひとりでない。

それだけでもましなはずだ。

里樹妃は、阿多妃の前に出ると、からくりのような動きで右手と右足を同時に出した。裾を踏んだらしく、顔面から派手に地面に転ぶ。

周りの笑いをこらえる声の中、ただただ大粒の涙をこぼす里樹妃に、阿多妃は手ぬぐいで顔を拭いてあげていた。

青年のような凛々しい妃の顔が、母親の顔に見えた。