弍 ページ37
そんなAに、視線を合わせるようにしゃがみこむ壬氏。手にはなにか巻き物を持っている。
「講師をしろとのことだ」
「へえ、誰ですか」
「おまえだ」
Aは思わず目が据わったまま、壬氏を見た。壬氏がそれを見て何とも言えない表情をする。
「ご冗談を」
「なにが冗談だ」
壬氏が手に持った書をAに見せる。
Aが目を細めて見ると、なかなか自分にとって都合の悪いことが書かれていた。
「おい、目をそらすな」
「なんのことでしょうか」
「今、しっかり見ただろ」
「気のせいではないですか」
壬氏は書を広げ、Aにとって都合の悪い部分を指さした。ぐいぐいっと押し付けてくる。かなり煩い。
「ここに、推薦人の名前が書いてあるだろ」
「……」
壬氏が指をさした先には『賢妃 梨花』と書かれてあった。
やってしまったとAは思った。
「知りませんよ」
最初は、知らぬ存ぜぬを繰り返していたAであったが、梨花妃に続き玉葉妃の署名が届いたら、流石に無視するわけにはいかなかった。
赤毛の妃がにやにや楽しそうに笑っている姿が容易に想像できる。
ご丁寧に褒賞の額も提示されていた。
観念したAは、ため息をつきつつも、実家に文を送ったり、前準備をする。
実家と言っても薬屋のほうではなく、親同然、なんならそれ以上に世話になっている妓楼のほうだ。
数日後、届いた荷物とともに、必要経費を婆に請求された。
かなりふっかけているな、と思ったが、Aはこっそり線を一本付け加えて壬氏に渡した。
壬氏はいぶかしみながらも、こんなものかと見ていたが、ばあやが横から現れてにこにことAが提示した額を見て、壬氏からとると、Aに返した。
(やるな)
水蓮は壬氏の身の回りの世話をほとんど一人でこなしている。それだけの人間だということがわかる。
世間知らずの坊ちゃんを
仕方なく元の値段を見せると、渋りながらもなんとか納得してくれた。
さすがにこれを値切られるとAが自腹を切る羽目になるのでやめてもらいたい。
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作者名：泉 | 作成日時：2024年1月27日 22時
