弍 ページ32
「そういや、最近緑青館にとんでもない美人が入ったろ？」
「そのようですね」
「なのに一月しかたたないうちにどっかの高官が身請けしたらしいな」
「そうですねえ」
「でも、後になってその美人をさがしてもどこにもいないってんだ。まるで消えちまったみたいに。
あれは本当の天女だったんじゃないかって噂なんだが、実際のところどうなんだ？」
(そう思われてるのか)
雇用契約が決まり、宮廷に行く際、張り切った小姐たちに全身を磨き上げられ、とっておきの衣装を着せられ、髪を結いあげられ、化粧をふんだんに施された。
ただでさえ傾国の容姿がさらにまばゆくなり、迎えにきた麗しい貴人でさえ固まる始末だった。
宮廷までは馬車で遠回りしたので、花街の客たちには行き先はばれていないと思う。
が、宮廷内に妓女が入るのもおかしいし、さらにAはどうしても目立つので、途中から顔を隠すために異国の
既に服は着替えてあり、着いてから化粧もし直したので、美しい妓女・Aはあそこで消えたと言ってもまあ、間違いではない。
(それにしても)
本人が目の前にいるのに、この男はまったく気づきもせず喋っている。
仕方ないといえば仕方ないが、やはり駄犬だと思ってしまうのは性格が悪いのだろうか。
「私にもわかりかねます。ところで、お取込み中のようでしたが、よろしいのですか？」
「ああ、ちょうど行き詰ってたんだ」
部下が近づいてくる。女日照りの安月給武官は、女官がいるのをみて嬉しそうにしていたが、Aを見ると明らかに落胆した顔をした。
まったく、上司が上司なら部下も部下である。
「まったく原因がわからないんだ。まあ、この季節珍しくもないことだけどな」
話を察するに、昨晩、小火があったらしい。その原因を調べているということだ。
Aはなにかしら興味を覚え、小火騒ぎの倉庫に近づく。
「おい、あんまり近づくなよ」
「わかりました」
李白にそのように返事をしておきながら、Aは建物の周りをじっくり観察する。
(ふうん)
これが小火だとしたら、おかしな点がいくつかある。
本当に小火ですんでいるなら、なぜ李白ほどの高官が出向いているのだろうか。もっと、下っ端の役人で十分ではなかろうか。
また、小火というわりに、建物の破片が散らばっている。むしろ、爆発というのではないだろうか。そしておそらく、けが人もでているのではなかろうか。
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作者名：泉 | 作成日時：2024年1月27日 22時
