煙管 壱 ページ31
(とうさん、こちらにも植えときゃよかったのに)
Aはため息をつく。
後宮内では、おやじどのこと羅門が移植した薬草がたくさんあった。
のんびりとした苦労人であるが、けっこう好き勝手に後宮内の植生をかえていた。
宮廷内は、後宮の何倍の広さもあるのに、材料にできる薬草はあまりない。見つけることができたのは、蒲公英、蓬といったどこにでもあるものくらいだ。
(こんなものかな)
冬場であるため見つけにくいこともあるが、それでも期待は薄かろう。
こっそり、今度種でも植えておこうと考える。
ごみ捨て場へと歩いてるうちに、見覚えのある影を見つけた。
精悍な顔をした若い武官である。
李白だ。
帯の色から、出世したようである。
傍にいる部下らしき男たちとなにやら話している。
(がんばってるんだなあ)
休みのたびに緑青館にきては、禿相手に茶を飲んでいるらしい。もちろん、本命は白鈴小姐だが、彼女を呼ぶには平民の半年分の年収が必要である。
それでも、最高級妓女としてはかなり安いわけだが、その理由は軽いという一点にあげられる。つまみ食いが多ければそのぶん価値が下がるのだ。
哀れ天上の蜜の味を知った男は、高嶺の花の顔を帳の隙間からでも垣間見ようと通うのである。
出世したのも、花に近づこうとがんばっていることがうかがえる。まことに真面目な蜜蜂である。
憐憫の目が届いたのか、李白はAのほうに手を振って走ってきた。まさに大型犬である。尻尾の代わりに巾からこぼれた髪が一房左右に揺れている。
「おう、今日は妃の付き添いかなんかか?」
Aが後宮を解雇されたことを知らない李白はそんなことを聞いてきた。
「いえ。後宮勤めから、とある御仁の部屋付になりましたので」
解雇の話は面倒なので、端折ってこのように伝える。
「部屋付?誰だ、そんな物好きは」
「ええ、物好きですよね」
まあ、普通の反応であろう。
すき好んでしみだらけの顔をした娘を部屋付にはすまい。
別にそばかすくらいはつけなくてもいいかと思ったのだが、主人がいえば従うしかない。
壬氏はなぜか、Aにいまだそばかす顔でいろ、というのである。
ただし、そのかわりさらしはやめた。小姐たちに散々「形が悪くなる」と怒られたため、壬氏に打診したところ、ひきつった顔で了承してもらえたのだった。
胸元が空いた服を着るわけでもないのに壬氏は気にするようで、とりあえずAの壬氏に対する印象が下がりっぱなしである。
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作者名:泉 | 作成日時:2024年1月27日 22時