弍 ページ27
「これは浩然さまが飲まれていたものと同じものですか?」
Aは、手に持った瓢箪を揺らしながら聞く。
ちゃぷちゃぷと音がする。酒が入っているらしい。
「いや、浩然どのが飲んでいたものは倒れた拍子に瓶が割れて流れてしまった」
「では、その瓶に毒が入れられていたらわかりませんね」
壬氏はしゅんとした顔になって、「その通りだ」と言った。
「.....」
Aは何も言わず壬氏の顔を見る。
「どうした?」
「いえ、なんでも」
(調子が狂うわ)
どうせAの身分じゃ、逆らえないのに。
いつもみたいに、きらきらと偉そうに命令すればいいのに。
そうしおらしくされると、変な感じがする。
そんなことを考えながら、Aは瓢箪から酒を猪口に注ぎ、口に含む。
そして次の瞬間、目を見開いた。
「これは...」
「どうした」
何か手がかりがつかめたのではないかと、壬氏が慌てて近寄ってくる。
「いえ...いつもこれを飲まれていたのですか?
あまじょっぱい、料理酒のような味がするのですが」
「ああ、浩然どのの好みでな。酒も甘口、つまみも甘口しかとらなかった」
あまりにも肴が甘いものばかりだったので、一度本人に聞いたことがある、と壬氏は話す。
「昔から甘党でいらしたのですか?」
「いや、もとは辛党だったはずだ。今は食事の味付けまで甘くしていたそうだが」
「それは、糖尿になりますね」
「...それはそうだが」
怪訝な顔の壬氏を無視して、Aはもう一度猪口に酒を注ぐ。
「...味覚のほかに、環境に変化などありませんでしたか?
例えば、近しい方との離別があった、とか」
「ああ、そうだな、もとは武人で遠征中に妻子を亡くされた。
流行り病でな。
それで軍部から内部へと転属を希望された。
家族思いの真面目な方だったからな。妻子の墓のそばにいたかったのだろう」
(家族の死、転属、真面目な性格)
Aは壬氏が言ったことを反芻しながらくいっと猪口を傾けて酒を飲む。
「おい、飲んでいてちゃんと考えられるのか」
「この程度では酔いません。それより、肴に塩は出ましたか」
「岩塩と月餅と干し肉だったそうだが。そうだ、用意するか?」
「いえ、もう飲み終わりますので」
壬氏があきれた顔になる。
「ただ、一つ調べていただきたいことが。
それと、浩然さまが飲まれていた酒の瓶、手に入りますか?」
破片でも構わない。それが揃えば、
「謎が解けるかもしれません」
Aは微笑んだ。
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作者名:泉 | 作成日時:2024年1月27日 22時