浩然 壱 ページ26
「はぁ...」
ため息をつく壬氏。
まだこんなくだらない法案を通そうとする官吏がいるのか、とぶつぶつ言っている。
「そういうのは手早くより分けないと終わりませんよ」
頭を抱える主をみながら、高順はそう言う。
「わかっている」
壬氏がまた仕事を再開しようとしたその時。
どんどんと強く扉がたたかれた。
高順は扉を開ける。
気弱そうな男が、焦った様子で立っていた。
「もう時間外だ。明日にしてくれないか」
高順のその言葉に、男は首を横に振って口を開く。
「いえ、仕事のことでは。
その、
礼部の浩然さまがお倒れに...!」
壬氏の手から筆が離れ、床に音を立てて落ちた。
＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿
「浩然どのが急逝されるとは...まあ五十過ぎだろう。持病があったのか？」
「いや、宴席で瓶のまま酒を一気にあおってそのまま倒れたらしい」
「ああ...若いころから豪胆な方だったからな。残念だ」
雨の降る中、Aは男二人の横を通り過ぎながら、そんな話を聞いていた。
(お偉いさんが亡くなりました、と)
朝からやたら黒い服の官が多いのはそういうことか。
(酒の一気飲みか。量によっては確かに危ないわよね)
自分は酒豪なのでそこまで心配する必要もないかとは思うが、それでも一気飲みはしない。
それで倒れた妓楼の客を何人も知っている。
そんなことを考えながら歩いていたら、まめな付き人こと高順が呼びかけてきた。
「A、壬氏様がお呼びです」
「薬屋、浩然どのの死をどう思う？」
壬氏は自室で水蓮に雨に濡れた上着を交換してもらいながら、Aに尋ねる。
「どう思う、といわれましても」
困り顔で、Aは答える。
「酒を一気飲みしたと聞きました。それなら倒れてもおかしくありません」
「だが、いつもの半量程度だった」
「酒による死因はいくつか考えられます。
酒も薬と同じで過ぎれば毒になります。慢性的に飲みすぎていれば臓腑を病みますし、一度に大量摂取すれば死に至ることも。
半量とは言え一気飲みしたとあれば、おかしくはないと思いますが」
壬氏は首を横に振る。
「浩然どのは酒豪でどれだけ飲んでも平然としていた。
酒が原因とは思えないんだ」
壬氏はまっすぐAに向き直る。
「薬屋、必要なものがあればそろえる。浩然どのの死について調べてくれ」
Aは数回瞬きをした。
この宦官がここまで必死になるなんて珍しい。
「わかりました、やるだけやってみます」
そう答えた。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 136人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：泉 | 作成日時：2024年1月27日 22時
