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     肆 ページ24

「私にはわかりませんが、あれほど天上の笑みと美貌を持つかのかたが、そのような特殊趣味なのでしょうか?」
「そ、そんなわけないじゃない!」
「そう、そうよ」

 官女たちがざわめき始める。だが、その中の一人がまだ疑いの目を向ける。

「でも、ならなんで貴方が雇われているの?」

 比較的冷静な官女が言った。そういえば、この官女だけは、さっきから落ち着いていた気がする。半歩下がって他の官女の様子をうかがっているようにも見えた。

(まあ、そこで誤魔化せないのでしたら)

 Aは、左手を上げると袖をめくった。手首から肘にかけて巻かれたさらしをめくっていく。正直、他人に見せるようなものではないので、見せたのは一瞬だったが官女たちのひきつった表情がそれがよく見えたことを示していた。

(この間、火傷薬の実験したから、ぐちょぐちょなんだよな)

そこだけ黒おしろいをはたいていないが、火傷跡に目を取られて気にならないだろう。育ちの良いお嬢様には大層気持ち悪いものだ。

「麗しき天女のようなお方はお心まで天女なのですよ。私のようなものにも食い扶持を与えてくださるのですから」

 さらしを巻きなおし、涙をこぼしながらAは言う。

「……行こうか」
 
 官女たちは立ち去っていく。一人だけちらりとAを見た者がいたが、すぐ持ち場へと戻っていった。

(ようやく終わったかな)

 Aは無表情に戻って涙をぬぐってから、雑巾を握りなおした。ここぞというときの涙は妓女たちの最大の武器である。

次の場所にうつって掃除を再開しようとすると、壁に頭を押さえつけたままで突っ立っている麗しき宦官を見つけた。


「何をなさっているのですか? 壬氏さま」
「……なんでもない。それより、いつもからまれているのか? ああいうのに」
「大丈夫です。後宮女官よりは手数は少ないので。ところで、なんでそんな格好をしているのですか?」

 あまり麗しき貴人がすべき体勢ではないと思う。現に、後ろに仕える高順は頭を抱えている。

「それでは、次の掃除場所に向かいますので」

 手桶を持ってAが去っていく中、壬氏の麗しき声は「特殊趣味……」とぽつりと言った。

(別に悪いことは言ってないはず)

 先ほどの一部始終を壬氏に見られていたとしても、別に自分になんら落ち度はないと、Aは清掃作業に勤しむのだった。

綿入れ 壱→←     参



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作者名: | 作成日時:2024年1月27日 22時

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