酔い 壱 ページ3
くしゃみがひとつでる。
(長居しすぎたかしら)
阿多妃が塀から降りてからも、Aはしばらくそこにいた。
さすがに体も冷えてきて、戻ったら生姜湯でも飲もう、と考えながら塀を降りていく。
と、
「なにをしている！」
突然の大声に驚いて、同時に顔を隠さなければと反射的に手が動いて、思わず壁の突起から手を放す。足を滑らせて落ちてしまう。
幸いそこまで高いところからでもなく、Aはうまく均衡をとって猫のようにしなやかな動きで着地する。
ただ、下りた先は固い土だ、寒さでかじかんだ足に、直に落ちた衝撃が伝わってくる。
Aは痛みに顔をゆがめ、その場にしゃがみ込んでしまった。
「...誰よ、急に.....」
「悪かったな」
耳元で聞こえるその声に、Aは首だけ動かして振り向く。
麗しい宦官こと、壬氏の顔が斜め後ろ、すぐ近くにあった。
口をとがらせている。
「なにをされているのです、壬氏様」
今の壬氏はAに目線を合わせて同じようにしゃがんでいる。
はたからみてもおかしな光景だろう。
壬氏はその質問には答えず、じっとAの紫色の瞳を見つめると、いきなりお腹のあたりに手をまわして引き寄せた。
しゃがんでいたところを後ろに引っ張られたので、しりもちをつくような形になる。
だが、思っていたような衝撃はない。見ると、Aはちょうど壬氏の腿と腿の間に座っていた。
壬氏の綿入りの衣を下敷きにしている。
「...すみません、すぐどきますので」
立ち上がろうとして、またお腹に手をまわされる。肩に、壬氏の頭が乗る。
Aは怪訝な顔で首をまわし、肩のあたりを見た。
髪に隠されて、壬氏の表情は見えない。
「あの、壬氏さま？」
壬氏は何も答えない。
返事の代わりに、甘い酒の匂いが漂ってきた。
「酔ってらっしゃるのですか」
「付き合いだ」
やっと、壬氏が言葉を口にした。
声が、なんだかふわふわしているように聞こえる。
「相手は俺に飲ませるだけ飲ませて追い出した挙句、戻ってきたかと思ったらすっきりしたから帰れと追い出された」
(この宦官をそんなにぞんざいに扱う人が後宮にいるとは)
「と...とにかく、はなしてください」
Aは身をよじる。
壬氏は離すどころか、一層腕の力を強める。
「寒いからいやだ」
子供のような物言いに、Aは眉を下げた。
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作者名：泉 | 作成日時：2024年1月27日 22時
