傾国のひとりごと参 (ページ20)

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　　　　　参ページ20

貰ったものの中には上等の綿入れも入っていた。客人の忘れ物をくれたのだろうか、その柄は妓女が着るような代物ではなかった。

　Aは、鍋を片付け竈の火に薪をくべるおやじどのを見る。
おやじどのは薪をくべ終えると、痛々しい歩き方をしながら、菰に薄布をかけただけの布団に横になる。上掛けもまた菰と着ていない着物を重ねただけである。

「ほら、終わったら明かりを消すよ」

　魚脂の匂いがする灯篭を持っておやじどのが言う。

　Aは風呂敷を包み終えると、部屋の反対側にある寝床におさまろうとした。
だが、ふと何かを思いつき、菰をずるずると引きずった。

「なんだい、ずいぶん久しぶりだねえ。もう子どもじゃないんじゃなかったのかい？」
「まあ、寒いし」

　少し視線を気まずそうにずらすA。
持ってきた布団は、おやじどのの寝床の隣に移動した。
たしか、十を過ぎた頃には一人で眠るようになっていた。一体、何年ぶりだろうか。

　Aは、貰った上等の衣をおやじどのと自分の布団の間にかけると、ゆっくり目を瞑った。
背中を丸めて猫のように横になる。

「また寂しくなるねえ」

　おっとりとした口調のまま言うおやじどのの言葉に、

「今度は何時でも帰ってこれるもの」

　Aはそっけなく返した。
　だが、その背中はおやじどのの腕に触れていて、ほんのりと温かかった。

「そうだね、いつでも帰っておいで」

　Aの頭をしわがれた手が撫でた。

おやじどのだの、とうさんだのと言ってはいるが、その容貌は老女に近い。
そして、その性格は周りから言わせたら母親のようであるという。

　Aには、母親はいない。
でも、優しいとうさんはいるし、うるさい婆ちゃんならいるし、にぎやかな小姐はたくさんいる。

(いつでも帰ってこれるから)

　そうは思っていてもやはり物寂しいものはある。

Aは髪を撫で続ける枯木のような手の温かみを感じながら、寝息をたてはじめた。