とうさん 壱 ページ18
「これも、これも。ああ、これも持っていきな」
慌ただしく紅やおしろい、衣を投げつけるのは梅梅である。
場所は、緑青館の梅梅の部屋。送迎会の後、休みたかったAだが女童に言われて渋々来たのだった。
「こんなにいらないよ、小姐」
梅梅は、呆れた顔で非難する。
「いらないじゃないわよ。
あっちじゃもっといいもの使っている奴らばかりなんだからね、ちょっとはまともな格好しなさい」
「仕事に行くのに洒落るのは、妓女くらいなものよ」
途端に木簡が飛んでくる。見事命中したAは、頭を抑えてうずくまる。
「そもそも私、顔見せちゃ駄目なのに...」
梅梅は少し怪訝な顔をし、それから納得したようにぽんと手を打った。
Aはげんなりする。あの化粧を教えてくれたのは小姐たちだというのに。
「でも、このおしろいは持っていきな、これに少し混ぜ物をしたらいつもの黒い肌ができるでしょう」
「別に、自分で作るから大丈夫よ」
Aは言う。実際今まで何年もやってきたのだ、今更だと思う。
「それじゃ、緑青館の元妓女として駄目だわ。やっぱり、化粧道具はその道の一級品じゃないと。肌だって汚くなってからじゃ遅いのよ」
正論である。
逆にAがあれだけ顔を汚していて、肌が未だ白いままなのが不思議なほどだ。
体が強いのかもしれないと思う。
髪だっていつも汚したり質の悪い水で洗ったりしているのに一度丁寧に洗えば絹のようだし、
この小指だって___
「せっかくいいところ勤められるんだ。しっかり稼いでくるんだよ」
優しい面倒見のいい小姐の声で、現実に引き戻される。ゆっくりと爪紅をつけた指先でAの頬を撫でると乱れた横髪を耳にかけてくれた。
「……ええ」
Aが素直に返事すると、梅梅はにっこりとたおやかな笑みを浮かべる。
「んでもって、いい旦那でも見つけてくるんだよ。場所が場所だけに、有望株はたくさんいそうだから。
でも、大抵の人はAの素顔を見たらぶっ倒れるかしら...？
まぁとにかく、ついでに上客もつれてきてくれるとうれしいわ」
先ほどまでの優しい笑みとは違い、少々腹黒さが混じっている。
結局、Aは大風呂敷に衣や化粧道具一式を詰め込まれて持ち帰る羽目になった。
帰り道、他の妓女たちにもいろいろ手土産を持たされ、一方的に新しい客を連れてくるという約束をさせられたAは、重い荷物と顔を隠す頭巾で前が見えずによろめきながらあばら家へと帰るのだった。
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作者名：泉 | 作成日時：2024年1月27日 22時
