傾国のひとりごと参 (ページ12)

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　　　参ページ12

半時ほど経って、Aは舞をやめて酌を始めた。
鼻血を出す者が続出したためである。

客の横に腰掛ける。
Aの体に触れようとも気後れして触れられない高官は顔を真っ赤にし、ただ震える手で盃を持つ。
Aがそれに微笑みながら優美な動きで酒を注げば、それだけで一種の芸になるのだった。

部屋の全体を回る。と、

(あら？)

一人、部屋の角にやたら辛気臭いのがいる。
客は皆、Aや三美姫に夢中だと言うのに、ひとりだけ下にうつむいている。

上等の絹の衣を着た若者は、片膝をたてて手酌で酒をあおっていた。
そこだけ、空気が灰色に濁っている。

(つまらないのかしら)

妙に生真面目なところのあるAは、たっぷり入った酒瓶を持ち、陰気な男の横に座る。

「失礼します」
蜜のように甘く蕩ける話し方もお手のもの。

後宮にいた頃は何回か声を指摘されて焦ったものだ。
脳が溶ける、と中級妓女に惚けた目で言われてから、あまり喋らないように気をつけていたというのに。
まあ、そのせいで無口だといわれるようになってしまったのだが。

それにしても、目の前の若者はこちらを見ようともしない。

若者のつやのある前髪が、顔の上半分を覆っているので、こちらが一切目に入っていないのだろう。

「ひとりにしてくれ」

(？)

はて、聞いたことがあるような。
考えると同時に手が動いていた。
無礼とか、失礼だとか頭から抜けていた。

うつむく男の額に触れぬよう、そっと前髪を上げる。

麗しいおもてがあらわになる。
いじけた顔が、一瞬で驚きに変わる。

「壬氏さま？」

きらきらしい笑顔もなく、甘さのない声だったが、見慣れた宦官に違いなかった。

壬氏は瞬きを数回する。なんだかじっと見られて、とても落ち着かない。
壬氏はそのまましばらくの間Aを見つめ続ける。

他の客もなんだなんだとこちらを見ている。いたたまれない。

と、曲が変わり、小姐たちが同時に舞い始めた。

さすがは超高級妓女、高官たちがそちらに気を取られる。Aは小姐たちを見る。一瞬、梅梅と目が合い、目配せされる。気を遣ってくれたのだろうか。