弐 ページ2
さかずきを両手に掲げ、濁り酒をいただく。
甘味が強く
なにを喋るわけでもなく、ちびちびと酒を舐めた。阿多妃も豪快に瓢箪にそのまま口をつけている。
「男のようであろう?」
「そのように振舞っておられるように見えます」
「はは、正直者だな」
阿多妃は片膝をたて、顎を乗せる。月明かりに照らされた、その整った鼻梁と長いまつげを縁取った眼にどこかしら見覚えがあった。誰かに似ていると思ったが、頭が曇っていた。
「息子が私のもとからいなくなってから、ずっと私は皇帝の友人だったんだよ。いや、友人に戻ったというべきかな」
妃として振舞わず、友人としてそばにいた。
乳飲み子のときから一緒にいた幼友達として。
妃として選ばれるとは思われなかった。
ただ、最初の相手としていわゆる房事の指南役に選ばれただけのはずだった。
お情けで十数年も飾りの妃をやっていたと。
早く受け渡せばよかったのに。
なぜすがりついていたのだろうと。
そうすれば、きっと__
阿多妃の独白は続く。
そこにいるのが、Aであろうとなかろうと、はたまた誰もいなかろうと続いていただろう。
明日にはいなくなる妃。
どんな噂が後宮内でたとうとも最早関係ない話だ。
Aはただ黙ってそれを聞いていた。
ふと、阿多妃の言葉が止まる。
妃は立ち上がり瓢箪を逆さにすると中身を塀の外、堀へとこぼしていった。
餞別のように流す酒を見て、先日の自死した下女のことを思い出した。
「水の中は寒かっただろうな」
「...ええ」
「苦しかっただろうな」
「そう、ですね」
「莫迦だ。みんな、莫迦だ」
なんとなくわかった。
やはりあの下女は自死だったのだと。
阿多妃の意思にかかわらず、彼女のために命をかけるものたちがいる。
自死した下女も、風明も、きっとこの人のために命を懸けても悔いはなかっただろう。
そう思えた。
(人の上に立つべき人だわ...もったいない)
その素質と資格を持ち合わせているのに。
妃としてではなく、違う形で皇帝のそばにいれば、政はよりうまくいったのではないだろうか。
そんなくだらないことを考えながら、Aは白く丸い月を眺めた。
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作者名:泉 | 作成日時:2024年1月27日 22時