起床 ページ43
「……大丈夫ですか？」
人形が無感情に言う。
あの後で再び目を覚ましたあたしは、やっぱり繭に包まれていた。脱出もできずに悩んでいたら、寝室にこの人形がやってきて、繭から解放してくれた。あれほど固かった糸を人形が一撫でするだけで、ふわりと溶けるように消えてなくなったのだ。
おそらく、この人形もあの怪物と同類なのだろう。そう思いながら、その人形を観察する。
色の白い少年を模した人形だ。年齢は、あたしと同じか、それより少し上くらいだろう。肩につかないくらいの長さをした紫色の髪は、毛先だけが黄色に染められている。ガラス玉の目は暗く、黒く、まるで何の感情も感じられない。
人形だから、そうなのだろうけど。人間を模しているのに、人間味を欠片も感じさせないその姿は、いたく不気味。
「蜘蛛さんからの託けがあります。お腹が空いたらテーブルの上のパイを食べる事。ご友人方に会いたくば、二つ左隣の部屋を訪ねる事。それと、部屋から一切の物品の持ち出しの禁止をです」
言って、黙り込む。あたしと話す事はもうないと言わんばかりに。そうしていると、まるで本物の人形だ。
寝室のドアを開けると、そこは居間だった。テーブルの上にはラップがかけられたパイがある。パイの傍らには、紙切れが。
『クリームパイはお好き？私は大好き！』
どうやら、これはクリームパイのようだ。しかしラップを開けてみると、どこか生臭い香りがした。悪くなってしまったのだろうか？クリームは悪くなりやすいんだし、せめて冷蔵庫に入れたら良かったのに。
残念に思いながら、ラップを戻しておいた。改めて、部屋を見渡す。扉がいくつかあるから、一つずつ開けてみた。
一つ目の扉は、ユニットバスに繋がっていた。入浴剤の袋がゴミ箱に捨てられている。風呂には大きな繭が一つ、転がっていた。大きさは人間大。
多分、中に誰か閉じ込められているのだろう。助けたいのはやまやまだが、あたしにはどうしようもない。あの人形なら外せるだろうけど、手を貸してくれるとは思えない。まあ、いちおう試してみよう。
寝室の扉を開けて、中にいる人形に声をかけてみた。
「だめです」
人形は端的に答えた。
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