音楽 ページ36
「……ん？」
帰りの廊下で、何か音が聞こえる。
ちょっと寄り道を、と思って収容棟に来たんだけど。ああ、そういえば、確か脱走してたんだっけ？制圧に加勢しなくちゃ。でも、何だか様子がおかしい。
音に近寄っていくと、そのわけが分かった。
普通、制圧をしていると聞こえてくるのは、誰かの悲鳴だったり、内臓や骨髄が引き裂かれたり、武器が空気を切り裂く音だ。しかし聞こえてくるのは、そんな野蛮な音ではなかった。上品で優雅、それでいて清楚で神秘的な。その音が響いている。これは、音楽かしら？聞いているだけで頭が透き通るかのような、美しく、清らかな曲だ。
あたしは戦闘意欲が削がれて、ゆっくり音をなくして近寄る。
音楽を奏でていたのは、楽器だった。赤くて、大きい。図鑑で見た事がある。あれは確か、竪琴と呼ばれた楽器だ。ヨーロッパを代表する楽器の一つで、オーケストラにもよく使用されていたらしい。竪琴と違うのは、それに人間が混ざっているって事くらいかしら。どうやらあれは、人間で作られた竪琴らしかった。
竪琴から生えた腕が、髪の毛でできた弦を鳴らし、骨を軋ませる。竪琴から生えた口が、冒涜的なハミングを歌う。竪琴から生えた目は、心地良さそうに、あるいはリズムをとるようにまばたきをした。
あたしはすっかり立ちすくんでいた。なんて綺麗なんだろう。他の何人かの職員さんも同じようにして、音楽に聞き入っていた。
「何魅了されてんのよ！ばっかじゃないの？！」
だが、その一言で我に返る。振り向くと、ララさんに担がれたサリエルさんがPWCを構えて、楽器を睨んでいた。
魅了？
……そうか！はっとした。どうしてあんな、おぞましいものに聞き惚れていたんだ？人間を弾いて奏でられる音楽だなんて。あたしは気分が悪くなる。
魔法弾を二、三発打ち込むと、その楽器はあっさり動かなくなった。
『A-763-Gの制圧が完了しました。担当職員はA-763-Gの収容室前で待機してください。繰り返します。A-763-Gの制圧が完了しました。担当職員はA-763-Gの収容室前で待機してください』
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