フォビアコンプレックス2 (ページ7)

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第五十五話　篠原弼ページ7

あの日から、食べ物が喉を通らなかった。

仮に飲み込めても、食べるものが饅頭じゃない事に違和感を覚え、同時にアレを思い出し、嘔吐しそうになる。

それでも世の中は、周りは、何一つ変わらなかった。
だってコレは、俺だけの問題だから。
バイト先ではいつも通り愛想笑いを自分の顔にベタベタと貼り付けながらこき使われなきゃいけないし、上の人に異論なんて出来ないし、いつもより休みを多くしてもらうなんてのもあり得ない。
あの人と話すという人生での楽しみの大きな要素が消えてから、俺はずっと現実逃避を続けていた。
今日も、饅頭屋に行く途中で迷子になっちゃって、買えなかった。なんて考えて。

龍怕さんと話さなくなってから、確かに俺の感情はどんどん色褪せて行った。こき使われた所で、上の人からどんなに暴言を吐かれて、叩かれたって、蹴られたって、殴られたって、脅されたって。時に誰かに優しくされても、表情筋は喜怒哀楽を表現して、声帯は上手い言葉を震わせても、脳みそでは結局何も考えていなかった。痛みはあっても、不思議な事に悲しさや悔しさはなかった。優しくされた時に嬉しくて涙が出ることも無かった。
俺の人間らしさは、確かにじわじわと溶けていた。

人間らしさがなくなってからというものの、感情に縛られることも無く、機械的に動ける様になり、疲れてもその疲れを押し殺すことが出来るこの体にとっては、特に人間らしさがなくなっても、食べ物があまり喉を通らなくなった以外、特に不具合は無かった。
……寧ろ、前より生きやすかった。

だから、あぁ、今も。
ベランダで涼んでいる時に近くで爆発が起きて

「あ～…」

人が叫び回って

「なんだか」

人が倒れたりしても

「よく分からないけど」

何も感じないのだ

「大変なんだろうね」

ベランダで涼んでいたが、爆風が熱かったので結局部屋の中に戻った。
部屋の中はさっきまであんなに騒がしかった外とは違い、テレビの音声と、俺の足音だけが響いていた。