フォビアコンプレックス (ページ42)

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第四十一話篠原弼ページ42

バイトのシフトが終わり、また饅頭を買いに来たはずの俺は、走っていた。
そう、走っていた。
だって、だって、だって
ない、ないんだ。饅頭屋が、龍怕さんのお店が。いつもの道を歩いた。饅頭屋があったはずのところは、なんの建物も無く、ただアスファルトがあり、小狭い空き地がそこにあるだけだった。

そんなはずない。道を間違えたんだ。そう思って早歩きで歩き出しても、見つからない。
何してるんだ俺、探すんだったらもっと必死に走って探さなきゃ、道を間違えてもしかして凄い遠くまで来たかもしれないだろ？そう思って走り回っても、ない、ない、ない、ない。
最初に居た小狭い空き地に戻ってくる。まさかな、と思い、携帯のライトを使いそこを探索してみた。

「…ぇ、ぁ、こ、れ…」

震える唇から無意識に出たその言葉。
携帯のライトに照らされたソレは。

紛れもなく、饅頭屋の看板の一部だった。
雑に切ったのだろうか、先はバラバラになっていて、ぐしゃぐしゃだ。
なんで、こんなところにあるんだ。
だって、ここは饅頭屋じゃない筈なのに。
脳に鉛弾を撃ち込まれたみたいに、ガンガンと頭の中が響く。幼児みたいに単語を並べる事しか出来なくなりそうな頭で、必死に思考を動かす。
頭が痛い。何も考えたくない、その看板の一部から目を逸らし、ライトに微かに照らされた何かのシミを見つける。
なんだろ、コレ。誰かここで何か零したのかな。

興味本位で携帯のライトを向けた自分を殴りたかった。
なんて事をしたんだ。
だって、これさえ見なければ
現実を、受け入れなくて済んだのに。

アスファルトに広がる、赤黒いシミ。驚きで足のバランスが崩れ、そのシミの所に指が触れる。体制を直し、触れてしまった指をふと見ると、指には

赤黒い、ねちゃねちゃしたなにかが付着していた。

「～～～～～っ！！」

声にならない叫びが出て、過呼吸みたいに息を吸う。吐き気が催して来て、寸前のところで飲み込む。
嫌でもそのねちゃねちゃしたなにかを理解してしまい、ここで何が起こったのか、大方理解してしまった。それを脳が拒絶して、受け入れない。
頭に何も浮かばない。頭の中はただただ真っ白だった。これ以上理解したくなかった。
俺はくるりと踵を返し、自分にできる最大の速度で家に向かって走り出す。知らないうちに眼からは涙が溢れていて、それがアスファルトにシミを点々と作って行った。

あれは、きっと。そこまで考えて、考えるのをやめた。