└２ ページ6
名前を呼ばれて顔を上げる時、ソファで眠っている彼の整った顔立ちを芸術的興味を以って眺める時、或いは不意に目が合ってどちらともなく微笑む時。私の視線は彼の薄く形の良い唇に吸い寄せられ、自らの口元に幻の柔らかさを想像して密かに胸を震わせる。そりゃあ私だって健全な思春期女子なのだ。それくらいは許して欲しい。
私とエミさんの関係は、古い記憶の底にあるあの昼下がりに結ばれたあどけない約束の上に均衡を保っている。今思えば滑稽な、しかし幼い私にとっては重大事であっただろう小さな誓い。それを破ってしまう事は世間体以上に互いの信頼に対する大罪だと分かっていたからこそ、私はこの十年間を耐え忍ぶ事が出来たのだ。
そして今日。エミさんの協力もあって無事に志望校合格という将来への片道切符を手に入れる事が出来た私は残りの高校生活を殆ど惰性で過ごし、漸く卒業を迎えた。恒例行事である友人達との写真撮影も早々に切り上げ、制服姿のまま卒業証書片手に彼の元へと向かったのは言うまでもなく期待していたからだ。浮かれる余り、昨日の彼との通話で「明日になったらエミさんとキス出来るんだ〜」などと馬鹿みたいにはしゃいでしまったのも事実である。
が。卒業を報告して暫く雑談を交わし、いよいよという時になって私は気が付いてしまった。そう、この状況は改めて考えるととてつもなく恥ずかしいという事に。
「ほんとちょっと待ってタイム。無理エミさんの顔が良い何事。十年経ったのにおじさんかっこ良過ぎる」
「お、おう……有難う御座います？」
「うん」
「……A」
「あーあー！！待って一瞬待とう！？」
私の名前を呼んで詰め寄って来るエミさんに最早叫びに近い声を上げ、例の卒業証書の黒筒で顔をガードする。すぐ背後には既に大きな本棚が迫っており、逃げ道が無い。壁ドンならぬ棚ドン。確かにこういう状況に憧れが無いわけでもなかったが、今はときめき云々よりもただただ羞恥心の方が大きかった。友人達はみんなこれ以上の体験をしていたのか。よく心臓が爆発せずに済んでいるな。
.
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 181人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「wrwrd」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
万代(プロフ) - ありさんさん» 初めまして、コメント有難う御座います。そのような温かいお言葉を頂けて大変嬉しく思います…！まだまだ至らぬ点などありますが、少しでも楽しんで頂ければ幸いです。これからもご期待に添えるよう精進して参りますので、何卒宜しくお願い致します！ (2020年4月16日 8時) (
レス) id: 41e9c26b05 (このIDを非表示/違反報告)
ありさん - 夜分遅くにごめんなさい。一文一文が丁寧で、読んでいてホッコリした気持ちになれました！素敵なお話が沢山詰まっていて、綺麗に読み終われます。コメント返信も丁寧で、見習おうと思いました……！更新応援させていただきます！長文失礼しました。 (2020年4月16日 1時) (レス) id: 1680e79eb8 (このIDを非表示/違反報告)
万代(プロフ) - ぴゅあらるぐみさん» 初めまして、コメント有難う御座います。お褒めのお言葉の数々、大変嬉しく拝見させて頂きました…！楽しんで頂けたようで、作者として非常に光栄です。不定期ではありますがこれからも少しずつ書いていきたいと思いますので、何卒宜しくお願い致します…！ (2020年3月26日 13時) (レス) id: 41e9c26b05 (このIDを非表示/違反報告)
ぴゅあらるぐみ(プロフ) - 万代さんはじめまして！とっても素敵でリズムのいい文章が心地良くて、にこにこしながら読ませていただきました… 人物一人ひとりが愛らしくてあたたかい気持ちになりました！ご自分のペースで頑張ってください〜！更新応援しております。長々と失礼いたしました！ (2020年3月26日 12時) (レス) id: 2ed32571d6 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
