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「るぅとくん、あのね。
僕癌になっちゃった。
肺に転移したって。
もう、治ることはない、って。」
そのことをカミングアウトした彼は、思いのほか落ち着いていたように思う。
普段なら絶望に打ちひしがれ、泣いていたり怒っていたりしていてもおかしくないこの状況下で、かれはいつものころちゃんとなんら変わらないように見えた。
そのことを告げた彼の顔と現実がうまく噛み合わなくって、僕ははぁ、ともへぇ、ともつかぬ微妙な返事を返したと記憶している。
だからね、約束、と弾んだ声で小指を差し出した僕の記憶の中の彼は、死ぬ時に君の歌を聞かせてほしい、と笑った。
淡い淡い記憶の中。
「もうすぐに使えなくなる、一生のお願い。」
うん、きっとね。
記憶の中の僕は涙を堪えて指を結んで切っている。
ゲーム中に何度も使っている一生なお願いじゃなくって、これはきっと彼の最後のお願い。
届けてみせる、聞かせてみせる。
彼の人生の最後の曲を。
彼の瞼が閉じられたのは、その約束をしたたったの三日後。
自覚症状が少ないことで知られている癌は、例に漏れずもうすでに進行していて。
そのくせ編集やらなんやらで健康な生活を送っていなかったもんだから限界が来ちゃった、って。
ねぼすけねぼすけってよく揶揄われていた僕が、今度は揶揄う側になっちゃった。
何度も何度も書いては消し、書いては消し。
黒くてくしゃくしゃになった五線譜にまた鉛筆を走らせて、家に帰って打ち込んで聞いて、の繰り返し。
「もっと、もっと早く作らなくっちゃ、」
日に日に痩せていく彼に焦りを覚える。
縁起でもない話だけど、僕が作り終えるのと彼の命が尽きるのどちらが速いだろうかって言われると、僕は残念ながら自信を持って一方を支持することができない。
けれどもクオリティに妥協はしたくなくって。
裏でなるシンセ、ベースにも工夫を凝らした。
気づいた時には桜は散っていて、木々は若葉をつけ始めた。
それでも作業に目に見えて進捗が見られなくて、季節に置いてけぼりにされている感覚がして。
時間は何にも替え難いもの。
僕の曲や病院通いの間、流れた時は確実に公平に、彼の病魔を育てていることは百も承知していたつもりだった。
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ましゅ☆まろ。紫月まろ。(プロフ) - とっても面白かったです!続き待ってます! (7月31日 13時) (レス) @page4 id: 8001bcdca9 (このIDを非表示/違反報告)
そら(プロフ) - 宣伝?になるんですけど、今本格的に動いてるのはpixivでのアカウントなので、そちらも見ていただけるとありがたいです。 (7月19日 14時) (レス) id: 471c34c153 (このIDを非表示/違反報告)
そら(プロフ) - しゅりぃさん» とても嬉しいお言葉、ありがとうございます。ちょっとだけ頑張ってみようと思います。よければ見にきてください。 (7月19日 14時) (レス) id: 471c34c153 (このIDを非表示/違反報告)
しゅりぃ - そらさんの作品大好きです。シリアスもあるし、甘々もあるし、あほえろもあるし...続き、出来れば待ってます。 (2023年2月5日 11時) (レス) @page3 id: f2ef239dfa (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:そら | 作成日時:2022年6月15日 0時