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《まもなく郡山に到着致します。安積街道・岩城街道方面はお乗換です》
車掌の間抜けな声が聞こえる。
時空が移動できる、つまり場所ですら瞬間移動することが可能になったこの時代、乗り物を使う人間の方が珍しい。観光地ともなれば、窓の外の景色の為に乗る人間もいるらしいが……
現に、今、この車両の客は私と通吉、そして斜め向こうに寂しそうな老紳士が一人座っているだけだ。
私たちの場合、わざわざ乗ろうとするのは、通吉がそう決めているからだ。少しでも記憶喪失の私に記憶が戻るようにしてくれているのだろう。
私には、五年前以前の記憶がない。
最初の記憶は、頬を打つ冷たい雨と、頬を伝う生ぬるい涙。
どうして傘もささずに雨の中を歩いていたのか、どうして泣いていたのかは全くわからない。
ただ、その記憶だけがぽつんと存在していた。
通吉曰く、時間遡行軍の歴史修正と、時間抑制力の摩擦によって、突然物質や記憶が消えたりするのは、よくあることなのだそう。
私はその後通吉に拾われ、養女になり、育てられ今に至る。助手の仕事は、去年から通吉の勧めで始めた。
ちらりと横目で通吉を見る。
三駅目の幸手からずっと船を漕いでいて、至るところに頭をぶつけまくっている。そのうえ、全く起きる気配がない。
ただ、今回はまだましな方だった。ひどいときは、いびきもかくし、目が半分開いている。しかも白目。
通吉に惚れてるっぽい人達も、これ見ちゃったら幻滅するのかな。そんなことを考えながら、一人で苦笑した。
《まもなく二本松に到着致します》
やはり間の抜けた車掌の声で、そろそろ降りなければならないことを知った。
「通吉ー。そろそろ着くよ」
相変わらず船を漕いだままの通吉に声をかけるが、その程度じゃ起きてくれなかった。
「通吉！」
少し声を張るが、それでも起きてくれない。
仕方なく、肩を軽く掴んで、通吉の体を揺すった。
すると、半分寝ぼけたままの通吉の体は大きく揺れ、窓に頭から激突した。
「いっ」
通吉は頭のぶつけた箇所を押さえた。そして、きょろきょろ辺りを見回した。何が起こったか把握できていないようだった。
私は恥ずかしくなって、ドアが開いた途端、荷物と半分寝ぼけたままの通吉を引っ張って逃げるように降りた。
斜め向こうの老紳士が、心配そうにこちらを見ていたのが目に入った。
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