fancy!spicy!!sweety!!!【下】

【約束】 ページ36

夕陽のつくる影が段々と伸びてきた頃。
ウィリー・ウォンカは大聖堂前の階段に独り、座っていた。
アリスの父、ポールに着替えを貰ったのでもうチョコ塗れではない。


向こうの空がオレンジ色に染まる。
広場は未だお祭り騒ぎで、行き交う人々は楽しそうに談笑しながら噴水から湧き上がるチョコを堪能していた。


クリーニング屋の皆もその輪に入ってチョコを振る舞う。
ヌードルは同じくらいの子供たちに、アバカスはポールと一緒に。
アリスの姿は……見当たらない。
警察に軽い事情聴取を受けると言っていたが、まだ戻っていないようだ。


弾けるような笑顔。絶えず聞こえてくる笑い声。
幸せそうな人々を眺めているだけで、胸の奥から暖かな感情が溢れてきた。
小さい頃から夢見ていた光景。自分のチョコで世界中の人を笑顔にする、その夢が一歩進んだのだ。
誰かに喜んでもらえる、それが心の底から嬉しかった。


そしてふと、その感情に懐かしさを感じる。
そうだ。幼い頃、母の喜ぶ顔が見たくて手品の練習をしていたっけ。
彼は無意識にポケットに手を入れた。厚紙の感触が指先に触れる。


母から貰った最後の誕生日プレゼント。
「Wonka」のサインが入った包み紙をそっと撫でる。
目頭が熱くなりながら、深呼吸をして包み紙を慎重に開いた。


中には大好きなチョコレートと、金色に輝く一枚のメッセージカード。
彼の喜びはさらに大きなものになった。だって文字が読めたのだから。



”チョコレートの秘密を教えてあげる。大切なのはチョコそのものじゃなくて、そのチョコを誰と分かち合うかよ。 ママより”



母の秘密を何度も読み返す。嬉しくて涙が頬を伝う。
不意に視線を感じて、顔を上げて人混みに目をやった。
もしかして、と期待を込めてその姿を探してしまう。
そして―――ずっと待ち侘びた人がそこにいた。


最後の記憶と何ら変わりない姿。思わず目頭が熱くなる。
その人も嬉しそうにこちらを見て微笑み、遠くからキスをくれた。
泣きながら笑う彼も、真似して彼女にキスを返す。
ほんの数秒。それでも良かった。
瞬きをすれば、彼女は人混みの中に溶けていなくなってしまう。


約束を守ってくれた。それが何より嬉しくて、それだけで十分満たされる。
本当にいなくなってしまった訳じゃない。この胸の中で、思い出が生き続けるのだから。
それから彼はまた笑って、メッセージカードを読み返すのだった。



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