fancy!spicy!!sweety!!!【下】

【18歳最初の日】 ページ18

「Honest kitchen」開店前の朝の仕度時間。
料理長ポールは重たい足取りで階段を下りていく。
一段階段を下りる毎に、悲しみが彼の身を襲った。
今日で愛娘はこのレストランを去ってしまう。これからは自分一人なのだ。


憂鬱で重たい心を引き摺って最後の一段を下り切った時。
そんな心とは真逆の、歌うような、明るく楽しげな声が響いてくる。
最初彼にはその声の主が誰だか分からなかった。



「アリス・フィクルグルーバーです。アーサー・スラグワースさんに繋げてもらえますか？
―――あ、おはようございますスラグワースさん。アリスです！」



ポールは耳と目を疑った。彼女の髪の色が元に戻ったからじゃない。
愛娘、アリスがスラグワースに電話をしている。しかも満面の笑みで。
無理矢理捻り出しているような声色ではなく、自然な振る舞いで。
ぽかんとしながら、呆然と突っ立つポール。



「スラグワースさんにお願いがあるんです。お誕生日プレゼントの事で。
新しいコートが欲しいんです。フィリックスさんの隣に立っても恥ずかしくないような素敵なコート。
ただ私、お洋服選びにはあまり自信がなくて……代わりにスラグワースさんに見立てて頂きたいんです」



あのアリスがスラグワースにプレゼントのお願い？
耳を疑うポールにもお構いなしに、彼女は「いいんですか！ありがとうございます！！」とはしゃいでいる。


電話を切る彼女にポールは何事かと問おうと歩み寄るが、何を聞けばよいのかと混乱で上手く口が動かない。
そうこうしていれば、またアリスが受話器を取って何処かへ電話を掛け始めてしまった。



「アリス・フィクルグルーバーです。ジェラルド・プロドノーズさんに繋げてもらえますか？
―――あ、おはようございますプロドノーズさん。アリスです！」



ポールは固まったまま、信じられない顔でアリスを見詰めた。
何食わぬ顔で彼女は、スラグワースに言った台詞とほぼ同じことをプロドノーズに話し始める。
誕生日プレゼントに腕時計を見立てて欲しい、と。


上機嫌に電話を切れば、またまた受話器をすぐに取り電話をかけ始める。
まさか……ポールの過ぎった考えが、まったくその通りに起こった。



「アリス・フィクルグルーバーです。フィリックスさんに繋げてもらえますか？
―――あ、おはようございますフィリックスさん。アリスです！」



何が起きているのだと、ポールは開店準備も忘れて立ち尽くしていた。



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