fancy!spicy!!sweety!!!【上】

【甘い口付け】 ページ47

硝子の中で眠る薔薇の姫君を、食い入るように見つめていたアリス。
これが食べれるものだという事も忘れてしまうほど、繊細で美しい。
自然と熱の籠った溜息が零れる。
そんな様子の彼女へ、今度は息が止まりかけるほどの事象が起きた。


薔薇を護るドームの天辺の取っ手に突然、大きな釣り針が飛んできて、器用に引っかかる。
そしてドームは釣り針と釣り糸に引かれ、上空へと飛んで行ってしまった。
吃驚してずっと高鳴っていた心臓が、更に心拍数を上げて少しだけ痛みを伴う。
ドームの行方を眼で追っていれば、店中央の柳の木の上まで向かっていった。
それからピタッと何者かの手の中に収まり、視線はその人物へと移る。


硝子のドームを片手に、ウォンカが此方を見ていた。
柔和な微笑みで、甘く熱の籠ったグリーンの瞳で。
彼は唇を動かして何かを伝えようとしていたが、声は聞こえない。
聞こえずとも「(楽しんで！)」そう言っているような気がした。
彼がいつかやったみたいにウィンクを飛ばすと、アリスの頬はカッと赤みが増す。


くらくらと眩暈を覚え、頭の中でぐるんぐるんと色んな事が駆け巡る。
そんな中一番最初にアリスの意識が向けられたのは、傍らで彼女を待つ桃色の花。
薔薇の花が手に取るのを待っているかのように思えて、くすぐられる好奇心が止められない。
同時に、自分にこんな感性があったのかと驚かされた。


浅い息を繰り返すアリスは、濃い緑の茎へと手を伸ばす。
棘まで細かく再現されており、これを作り上げたチョコ職人の拘りを感じさせる。
ゆっくり持ち上げれば、微かに本物の薔薇の香りが辺りに漂った。
目の前まで持ってくると、今度はチョコの甘い香りがふわりとアリスを包んだ。


食べるのが勿体ない。そう思ったのは一瞬で、それ以上に強い欲求が彼女を突き動かす。
思考が現実での出来事を拒む。緊張と興奮が頭の中を満たす。
彼の作りあげた夢から目を背けられない。もう何も考える事なんて出来なかった。


アリスの赤い小さな唇が、桃色の花弁に触れた。
ぷち、と音を立てて咥内へと落ちる。
舌の上を滑らかな甘味が統べる。更に薔薇の香りが口いっぱいに広がる。
次に甘酸っぱいストロベリーの味が現れた。
少し溶けた薄い花弁の中から、ベリーのソースがとろりと溢れ出した。


美味しい、の一言で表すなんて惜しい事出来ない。
初めての味、初めての香り。初めての食感。
その全てに、春の木漏れ日を胸に受けたような多幸感で満たされる。



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