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さっきまで熱を感じていた唇に触れながら、談話室の扉をくぐる。
こんな時間だし、さすがに誰もいないだろうと思っていたそこには、佐久間と、そして佐久間に挨拶されたのに返事をすることなく、静かに自室に消えていく阿部の後ろ姿が一瞬だけ見えた。
無視されたってのに阿部を追いかけることもせず、怒ることもせず、だけど部屋へと続く階段を刹那げな眼差しで見つめる佐久間。
そのなんとも言えない横顔に、「無視されてやんの」と茶化す気も失せてしまった。
「おい、何してんの」
そう声を掛ければ、佐久間はびっくりしたようにこっちを向いて目を左右に動かし、それから諦めたような顔で悲しそうに笑った。
あーあ、ひっでえ顔しやがって。
涼太の熱を忘れないうちに、良い気分のままさっさと寝るつもりだったのに。
雨の中捨てられた猫みたいな顔をした友人を放っておけるほど、薄情になりきれない自分の性格が嫌になる。
少しだけ気まずそうにしている佐久間のところまで歩み寄り、小さな炎が燻っている暖炉の前に椅子を二つ、向かい合わせに並べた。
「ま、座れよ」と素っ気なく促せば素直に従う、らしくない態度の佐久間に調子が狂いそうだ。
「で、なんでお前はあんなに嫌ってた阿部に声掛けて、しかも無視されてんの？」
まどろっこしいことは嫌いだったから、単刀直入に聞く。
向かい側で、あーとか、うーとかぼやきながら、一緒にふわふわと揺れるピンク髪。
しばらくすると腹を括ったのか、急に静かに、おとなしくなった。
「あのさ、俺前に阿部ちゃんのこといじめてたじゃん」
ぽつぽつと最初は断片的に、そして途中からはやや感情的になりながら、佐久間はこれまでの経緯を俺に話した。
純血じゃないというどうしようもない理由だけで、阿部をただただ毛嫌いしていたこと
いつまで経っても飄々としている阿部が気に食わず、取り巻きと一緒に痛い目を見せようと思ったら返り討ちにあっていたこと
その時にようやく目が覚め、自分が間違っていたことを素直に認めたものの、そこから阿部に謝ろうとしても一切取り合ってもらえず、近付いたら逃げられてしまうこと
どうしたら良いか分からず、とにかく挨拶だけでもしようと、さっきみたいな状態がもう一ヶ月以上続いていること
あらかたのことは聞き終わり、あらためてこの現状を自覚した佐久間が、落ち込んだようにため息を吐き出した。
それを聞いた俺もため息をつく。
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作者名：そらちね | 作成日時：2023年9月28日 0時
