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悩んだのはほんの数秒。
だけど俺にはこの沈黙がとても長い時間のように感じた。

それ以上の声を掛けられず困りきっていると、佐久間から、ふふ、と吐息が漏れる。
痛みで身悶えていたはずが、泣きそうな顔で笑いかけてくる。

「俺ならへーき、阿部ちゃんが無事で良かった」

にひひ、と微笑まれると肩の力が抜けた。
親が子供を安心させる時に出すような、角のない、丸っこい、優しい声だった。

「あの、大丈夫なの?だって、髪の毛が…」

途中まで言いかけて、また口籠ってしまう。
俺を庇わなきゃ良かったんだ、といつもみたいに無下に突き放せないのは、俺なりに申し訳なさを感じているから。
嫌味ならすぐ思いつくのに、心配も、感謝もすぐに出てこないなんて、人として情けなさすぎる。


「うわ、やば!俺の髪ピンクになってんじゃん!」

俺がうだうだしている間に、自分の身に起こったことを理解した佐久間が叫んだ。
驚いてはいるものの、悲鳴というよりは「え、今日雨降ってんじゃん!」みたいな感じの軽い口ぶりだった。
佐久間を抱え起こした生徒も、その能天気さに呆れている。

「そうだよ、だからみんな心配してんだよ」
「にゃは〜そうだったのね!受け身取るの下手でさ〜、思いっきり転んじった!」
「その様子なら大丈夫そうだな」
「にゃす!!」

いえーい、と人差し指と中指を立ててニカっと笑った佐久間に、張り詰めていた教室の空気が一気に緩んだ。

「誰かタオル貸して〜」と言いながらヘラヘラしている佐久間に、こっちの感情まで引っ張られそうになる。
髪の毛からは相変わらずピンク色の液体が滴り続けているし、どう転んだのかは見ていないけど、たぶん俺よりも痛かったはずだ。

それなのに佐久間は、涙を浮かべて動揺しながら繰り返し謝り続けるレイブンクローの生徒に対して、怒り出すどころか
「怪我しないで良かったね〜」なんて、相手を落ち着かせて気遣う様子まで見せている。

当たり前の光景なのに、なんか、衝撃的だった。


ねえ、お前ってそんなキャラだったっけ。
最初の頃の佐久間と、今の佐久間と、どっちが本当だって思えばいいの?


そんなことを考えていたらすっかり出遅れて、「お前スリザリンのくせに優しいな」と佐久間を取り囲む輪の中に入りそびれた。

盛り上がる集団を一歩外れたところから眺める。


屈託のない笑顔を振り撒いている佐久間を見ていると、苛立ちでも恐怖でも困惑でもなく、なぜかモヤっとした感情が芽生えた。

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作者名:そらちね | 作成日時:2023年9月28日 0時

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