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「さっきの男誰だよぉ」
ニヤニヤと面白いものでも見ているかのように口角をあげている。
覗き見をするなんて趣味の悪い人。少し暗い赤リップがピエロのように動いて笑った。
「覗きなんて趣味悪すぎです」
「いいじゃねぇか。私にはもう出来ないんだよそんな青春」
「なっ、そんなんじゃないですって！」
「ふぅん？」
全てを見透かしているようなその瞳が苦手だ。
細い瞼の隙間から覗く大きな黒い瞳で見られると心臓が締め付けられるような感覚がする。
店長の恋愛漫画好きもここまで来ると流石に引いてくる。現実にまで持ってこないで欲しい。
それに、私は彼のことなんてなにも知らない。それ以前に、得意ではない。苦手なのだ。
だから、早く彼が私に興醒めてくれたらそれはそれは嬉しい話。
「っ、げほっ。なに、すんですか」
「いんや？なんでもない」
人をイラつかせるようなニヤついた顔をしてバックヤードから出ていった。
煙たくてボヤけた視界。店長の好きなメビウスの苦い香り。全部がまとわりついて噎せる。
「げほっ。…たばこくさ」
更衣ロッカーの上に置かれた時計は21時すぎを指していた。上がりまで1時間を切った。
気合を入れて再度店内に出た。相も変わらず人の数は多くない。それでいてマイナーな曲しか流れない人を選ぶこの店。
店長の趣味に塗れた店内を眺めながら明日発売されるバンドの新しいCDの事を思い出した。
予約リストに書かれた彼のフルネーム。それを見ると心做しか嬉しくなってしまう。
それはこのバンドを好いてくれているから。ただ、それだけ。それ以下でもそれ以上でもない。
だから、頬が緩むのをやめて。マスクをとったら多分私は随分間抜けな顔をしているに違いない。
彼のことは苦手なままなでいたい。関わりたくもないんだ。
頭にチラつく店長のニヤニヤした腹立つ顔。これ以上深入りしてはいけない。そう脳内で警告を鳴らしている。
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作者名：かか | 作成日時：2022年5月2日 23時
