第八訓 ページ9
「(そういえば、あの松平とかいう役人が紹介してたな…柊、とか言ったか)」
まだ十代そこらの、しかも少女が剣を振るうため浪士組に志願したなど俄かに信じがたい
随分と偉そうな態度をとっていたし、
どうせどこかのお偉いさんの我がまま娘だかが興味本位で頼み込んだのだろう
飽きるなり耐えられなくなるなりしたら、さっさと出ていく
そう考えていたのだが、彼女の稽古姿を見てその考えは間違っていたことに気付く
素振りをはじめ構えや姿勢、運びには文句の付け所がない
素人の立花でさえ、一目見ただけでかなりの訓練を積んできたことが分かる
少女とは思えない佇まい
その美しさに魅せられ、立花は暫く動けなかった
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ダンッ
思いきり踏み込んで間合いを詰めた立花だったが、気づけば目の前には誰もいなかった
トン、と首に木刀が当たる感触
「!?」
一瞬だった
目の前にいた筈のAはいつの間にか立花の背後へ回り込み、首に木刀を突き付けていた
何も見えなかった
木刀を交わすことなく敗北、まさに完敗だ
やはり彼女の強さは本物だった
そこらの侍じゃ勝つことはおろか自分のように剣筋を見ることなくやられるだろう
試合じゃなかったらと思うとゾッとする
「ありがとう…ございました」
我に返った立花がかろうじて言葉に出すとAは一礼し、道場を後にした
少女にあっさり負けてしまったにもかかわらず、気分は悪くなかった
あの子の剣才は見事なものだ
稽古の様子を見るに、どこか流派の型を習っているように見えたが…
それにしても、彼女の纏う雰囲気
「(斬られたかと思った…)」
浪士組に入るということは人を斬って生きていく、ということだ
ただの喧嘩とも、攘夷戦争の時のような天人を相手にする時とも違う
命の取り合い、人の心理、自分との闘い
立花自身、あまり深く考えないようにしていた
いや、考えたくなかった
「(あの子は、どう思っているのだろうか…)」
あの歳でここまでの速さと正確さを身につけていることに感心もあるが、同時にその強さに恐れを抱かずにいられなかった
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昼
『……』
食堂で昼食をとっていたAへ、その場にいた者たちは不審な目を向けていた
いや、正確にはAたちへ、だ
ここで生活するようになってすぐに比べ、最近では一々Aに絡む人はほとんどいなくなっていた
Aのことを認めたという訳ではない、単に自分たちの派閥争いに勤しんでいるだけである
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作者名:あまね | 作成日時:2019年2月4日 23時