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『−−−−デュオ、始まったね。ベートーベン、か。』
「あー、ピアノとチェロのためのソナタ第三番。なんだか、ネチっこいね。それに、ピアノの音。高音域がガタガタ。」
『少し変だよね。普通は調律がちゃんとされていると思うんだけど。』
練習室棟の玄関口で河辺さん達のやり取りを、千秋と話していた時だった。
ドガーンという物凄い爆音とただならない量の土煙を浴びて、思わずしゃがみこんだ。
「ーーーな、に、今の。何かが爆発したの?」
『ーーーっ!!』
千秋の言葉に我に帰ると、走り出す。爆風が起きた方角が明らかに河辺さん達のいた方向と一致していたためだ。嫌な予感が背中を走った。
背後から千秋の呼ぶ声が聞こえたけれど、振り返っている暇がなかった。セミナー会場を通り過ぎ、河辺さん達の使っていた練習室に向かえば、扉がすでに吹き飛んでいて中の状態が廊下からも分かった。教室全体が瓦礫で潰されていているため、ピアノの状態すらわからなかった。河辺さん、連城さん、水口さんの名前を叫んだけれど返事がない。そして、入り口付近にうつ伏せで倒れているのは。
『河辺先生!!』
うぅ、と呻き声が聞こえる。意識がある。急いで懐からスマホを取り出すと救急車を呼んだ。コールしている間に連城さん達の名前を叫んだけれど、やはり彼らからの返事はなかった。
『救急です!場所は堂本音楽アカデミー練習棟1階!三十代女性と男性二人が爆発に巻き込まれました!男性二人は多分瓦礫の下なのか見つけることができません!女性は背面全体がーーー』
背中全体が服と一体化していて皮膚が黒い。所々白色もあるが組織がメチャクチャだった。これはもう痛みすら感じられないのではないだろうか。
『っ!』
ここまでくるとすぐに体温が下がってしまう。私は自分が着ていた上着を脱ぐと河辺さんの背中にかけた。それでもまだ覆うものが足りなくて、思わず視界がぼやけてくる。涙と共にでてきたしゃっくりをあげながら、代わりになりそうなものを探そうと必死で周囲を見渡した。
『ーーーそう、だ』
最初に目に入ったのは自身が持ってきた手提げカバンだった。その中身を漁り、バッハの楽譜を取り出すと出来るだけ多くのページを破いてそれを河辺さんの露出した創部にかけた。
再び電話に向けて叫ぶ。
『皮膚っ全体が黒く、全体の20%超えてる、っかもしれないんです!今の所、呼吸は問題ないですけど、爆発の熱風で、もしかしたら気道も…お願い…早く助けて!』
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