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「この私立中学にAを入学させるときに、こちらの学園長の方とお話しして、この子の場合、特例として授業を抜けることを認めて下さることになってるんです。」
「……。その話は初めて伺いましたわ。」
「お疑いでしたら、学園長先生にお確かめ下さい。A、何やってるの!」
叔母から飛んできた怒鳴り声に、私は気まずい沈黙の中、教科書を閉じると、手早く鞄へしまい、先生の方へ一礼してから席を離れた。
「急ぐのよ。車が待っているから。」
叔母はブレザーの制服姿の私を押し出すようにして先に行かせると、一度振り返り「お邪魔しました」と言うと静かにドアを閉めた。
――――――…
校舎を出ると、待っていたワゴン車に乗り込む。後部座席の左側にはすでに私の愛用するバイオリンがハードケースに入って丁寧に置かれていた。運転席でハンドルを握っている、二十代半ばの男性マネージャーは叔母の合図と共に車を発進させた。光に弱いということで常にかけているサングラスは、顔立ちの良い彼にとてもよく似合っている。
「文和(ふみかず)さん。飛行機間に合うかしら?」
「間に合わせます。」
ミラー越しに彼のサングラスの奥の視線と合った。文和さんがそう言ってしまえば、本当に間に合ってしまうから時々私は彼が魔法使いではないかと思うことがある。実際、今日もいつもなら大渋滞の羽田へ向かう高速道路が信じられないほど空いていて、空港に着いてみれば、30分近くも時間があったのだ。きびきびとよく働く私のマネージャーは叔母から(もちろん私もだけれど)信頼されていた。
「何か軽く食べておきます?コンサートが終わるまでは食べられないでしょうし。」
文和さんに言われて、少し考える。今はまだお腹はすいていない。けれど、演奏中にお腹がグーッっと鳴るっていうのは……なんと言うか、惨めだ。結局私は、文和さんにお握りを買ってきてもらうことにした。
『啓太さんは?』
鈴木啓太さん。初老の男性だ。私のコンサートで、いつも伴奏をしてくれるピアニストである。
「たまたま、今日の会場の近くでコンサートがあって、向こうのホールで待っているって。リハの時間が取れるといいけど。」
『大丈夫だよ。』
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